すべての花へそして君へ①


「アオイちゃんだぞ?  あーの、アオイちゃんだぞ?」


 身振り手振りで。少し先に居るあいつを指差したりもしながら。そう言い切ると、彼はゆっくり身体の力は緩めたが、瞳にはオレを少し諫めるような色を浮かべた。


「なんで何も言わねーのか。なんで先に、俺に謝ってお礼も言ったのか」


 そこまで言われて、ハッと気付く。あのあおいが、何も言わないでいてくれる理由。
 彼女なら気付くだろう……と。オレが今から彼にしようとしていることなど、あおいなら造作もないことだ。

 でもあのあおいが、どうしてそこまで気付いていて、オレを止めなかった……?


『謝る必要なんかない』

 オレが謝罪しようとする度に、怒ったり、悲しんだり、寂しそうにする彼女が。


(あおいが、ただ黙ってあそこで待ってくれてる理由なんて――)


 だいぶ遅れて気付いたオレを見て、カエデさんは、ただただ小さく笑った。


「お前は、……お前だけは、ちゃんとわかれ」

「……オレが、わからないわけないでしょ」

「嘘言うんじゃねーよ。バレバレだっつの」

「奥さんにチクりますよ」

「それだけは勘弁してください……」


 あいつのことで負けて悔しいことは、きっとカエデさんには筒抜けだろう。案の定ニヤッて笑ってるし。
 その顔を見ると、余計悔しいし腹立つけど。


「……カエデさん」


 オレは、少し。本当に少しだけ、頭を下げた。


「カエデさん。あいつを、一緒に助けてくれて……ありがとうございました」

「やっと言えたな」


 あおいが何も言わなかったのは、オレに、自分でわかって欲しかったからだ。オレが謝る必要なんて、本当にないんだってことを。でも、どうしても謝りたいんだろうことも。
 だから、自分と一緒に謝ろうと。それで、自分と一緒にお礼を言おうと。


(あー……オレ。まだまだあいつの想い、酌み取れてないわ)


 何も言わないでいてくれるあいつは、きっとそう言っているんだ。


「『ごめんなさい』もあります。だから、奥さんにはちゃんと黙っておいてあげます。タバコの件」

「お前なあ……」


 調子が戻ったオレに、彼は呆れながらも笑っていた。「お前はそうでないと調子が狂う」という言葉付きで。意外にもM属性だったとは。