「アオイちゃんだぞ? あーの、アオイちゃんだぞ?」
身振り手振りで。少し先に居るあいつを指差したりもしながら。そう言い切ると、彼はゆっくり身体の力は緩めたが、瞳にはオレを少し諫めるような色を浮かべた。
「なんで何も言わねーのか。なんで先に、俺に謝ってお礼も言ったのか」
そこまで言われて、ハッと気付く。あのあおいが、何も言わないでいてくれる理由。
彼女なら気付くだろう……と。オレが今から彼にしようとしていることなど、あおいなら造作もないことだ。
でもあのあおいが、どうしてそこまで気付いていて、オレを止めなかった……?
『謝る必要なんかない』
オレが謝罪しようとする度に、怒ったり、悲しんだり、寂しそうにする彼女が。
(あおいが、ただ黙ってあそこで待ってくれてる理由なんて――)
だいぶ遅れて気付いたオレを見て、カエデさんは、ただただ小さく笑った。
「お前は、……お前だけは、ちゃんとわかれ」
「……オレが、わからないわけないでしょ」
「嘘言うんじゃねーよ。バレバレだっつの」
「奥さんにチクりますよ」
「それだけは勘弁してください……」
あいつのことで負けて悔しいことは、きっとカエデさんには筒抜けだろう。案の定ニヤッて笑ってるし。
その顔を見ると、余計悔しいし腹立つけど。
「……カエデさん」
オレは、少し。本当に少しだけ、頭を下げた。
「カエデさん。あいつを、一緒に助けてくれて……ありがとうございました」
「やっと言えたな」
あおいが何も言わなかったのは、オレに、自分でわかって欲しかったからだ。オレが謝る必要なんて、本当にないんだってことを。でも、どうしても謝りたいんだろうことも。
だから、自分と一緒に謝ろうと。それで、自分と一緒にお礼を言おうと。
(あー……オレ。まだまだあいつの想い、酌み取れてないわ)
何も言わないでいてくれるあいつは、きっとそう言っているんだ。
「『ごめんなさい』もあります。だから、奥さんにはちゃんと黙っておいてあげます。タバコの件」
「お前なあ……」
調子が戻ったオレに、彼は呆れながらも笑っていた。「お前はそうでないと調子が狂う」という言葉付きで。意外にもM属性だったとは。



