離れていった顎を追いかけることはせず、ただ頭を摩っていた彼女は、こっちを向いて小さく笑った。
(……ん?)
「それじゃあカエデさん。またあとでもお話しさせてくださいね? 本当に本当に、ありがとうございました!」
「アオイちゃん……」
ほんの少しの違和感もあっという間で。満面の笑顔を浮かべる彼女に、俺も小さく笑い返した。
「特にアオイちゃんにお礼を言ってもらうようなことはしてねーよ。隣のバカには山ほどあるけど」
「何のことだか」
「えっ。ヒナタくんまさか、他にもいろいろやってたんじゃ……」
「やってないやってない。カエデさんが一番使い勝手よさそうだなって思ってたくらいだって」
「おいっ」
「ヒナタくんっ!」
一向に自分の方を向かないヒナタに、彼女は頬を膨らませてるが……それは怒ってるのか? この表情を見ようとしねーなんて、勿体ね。
「……。じゃあ、なるべく早く来てね?」
「いろんなものに、目移りしないうちに……」と濁しながら、ぷすぅー……っと頬から空気を抜いた彼女は、また小さく笑って俺にお辞儀をしたあと、「い~ちっ、にーいっ! さ~ん!』と数を数えながら、ピョンピョンと10歩先でビシッと気を付けをしていた。
「……かわいいな、アオイちゃん」
本当にいい子で待ってるじゃねーか。こいつの言いつけ通りに進んで止まったかと思ったら、振り返りもせずただ真っ直ぐに夜空を見上げてよう。
「でしょ。あげませんけど」
こいつからそんな言葉が出てくる辺り、いい感じにまとまったんだなと。嬉しさのあまり口角が勝手に上がる。……本当によく頑張ったな、二人とも。
「アオイちゃん、何見てんだろうな……」
時々聞こえる声からして、夜空に浮かぶ星の名前でも確認しているんだろう。……ポンポン出てるし。流石の俺でもそこまではわかんねーわ。
「それで……――ぶはっ」
『あげませんけど』発言から薄々感じていた視線に、やっとこさ振り向いてやると、同時に噴き出してしまった。そんなことを俺にされた本人はすごく不服そうだが、まあ文句を言ってこないから自覚はあるんだろう。
「なんていう顔してんだよ、お前」
「……どんな顔してますか」
「自覚無しかよ」
「……ある程度まで、とだけ」
一度、いい子で待っている彼女に視線を流し、静かに目を伏せたあとまたこちらへと戻ってくる。
「それで? 暴走中のアオイちゃんにしがみついてたのも、顎を置いてたのも、アオイちゃんの方を向かなかったのも。その、緩みきった真っ赤なお顔を見られたくなかった、ってところか」
「……そこまで酷いですか、オレの顔」
「そうさな」
「……。はあ……」
彼女がいる側の顔を片手で押さえて。随分疲れ切ってるヒナタは、それはそれはデカいため息を落とした。



