すべての花へそして君へ①

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 それから、九条さんの髪を整え、髪型もセットさせてもらった。


「うわ。やっぱりプロがやると違うよね」

「プロじゃありませんよう」

「いいじゃん。そのうちなるんだから」

「……ありがとうございます」


 彼の言葉は、いちいちぼくの心を揺さぶった。諦めなければならないと。そう決めていたのに、決心が揺らいでしまう。


「……もうちょっと襟足を切った方がよかったでしょうか」

「ん? そう?」

「はい。少しだけ失礼しますね」


 でも、多分きっと、彼の言ってくれた言葉がぼくの欲しかった言葉。だから……揺らいだんだ。だから、……もっとかっこよく見えるようにしてあげたいんだ。


「うん。完璧です。これできっと、彼女も喜んでくれると思いますよ?」

「……そうだと嬉しい。ほんとありがと、カオル」

「いえいえ~」


 ありがとうは、こっちの方ですよ、九条さん。
 あそこから、ぼくたちを救い出してくれたことも。……今、ぼくに欲しい言葉をくれることも。


「それじゃあ片付けるか」

「あ。いいですよ? 任せてください」

「え。でも」

「これも、プロの道への第一歩ですからあ」

「……じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうね。ありがと」


 まだ、揺らいだだけで、自分がどうするべきなのかはわからないけれど。


「それじゃあ『また』頼むねー」

「……!! 九条さ――」


 髪の黒い彼は、手を振りながら出ていった。
 ……きっと。会いに行ったんだろう。大好きな彼女のところへ、その髪色を見せに。


「……かっこ、いいですねえ」


 そういうことを言えることが。今のぼくには、とても眩しかった。


「……とっても、よくお似合いです」


 準備されていた黒は、ほんの少しだけブラウンが入っていて、ただの黒じゃないやさしい黒になった。きっと、美作さんの勝手な判断なのだろう。……彼の似合いそうな色を、よく知っている。

 とても、……かっこいいです。ほんと。



「……ほんと。よくお似合いだと思いますよ」


『オレがなりたいのは、あいつの旦那さん』