「――――さん」
それからは、真剣な顔つきになったカオルに声をかけることが躊躇われて。オレはいつしか、眠りの淵に落ちていた。
「九条さん? 洗い流すので起きてもらえますか?」
控えめに叩かれる手に、ゆっくりと瞼を開ける。
「いや近い。怖い」
「だってえ。九条さん全然起きないんですもん」
「ごめんつい。カオルも眠いだろうにごめんね」
「いいえ? とても楽しかったので、よければまた是非させてもらいたいくらいです」
その言葉には、なんだか『もうできませんけど』っていう言葉が隠れているような気がした。
「カオルはさ。何に悩んでるの?」
「え?」
髪を洗い流してもらい、シャンプーまで。至れり尽くせりで返せるものも何もないから、話くらいなら聞いてあげられるかなと、そう思った。
「さっきから寂しそう。コズエ先生が今いないのも原因なんだろうけど……」
他に、何を悩んでいるんだろうか。
「……九条さんは」
控えめに紡いだ言葉はすごく小さくて。深刻なんだなって、音だけでわかる。
「将来、なりたいものってありますか?」
「老衰死」
「え」
「健康で死にたいってこと」
「い、いえ。そこまでの将来は聞いていません」
「冗談冗談。わかってるよ」
それだけ聞いて、オレが思ってたことは当たっていたとわかった。
「どっちを取るか、悩んでるってところか」
「いいえ。そういうことではありません」
「え?」
どうやら、ちょっと違ったらしい。



