カエデさんが用意してくれた広い脱衣所のある浴場。ここでカオルに髪を染めてもらおうと思ったけど。
「大丈夫かな。取り敢えず染髪料カエデさんに買ってきてもらったけど……」
それ以外に必要な道具とか、オレ全く知らない。なんか書いてあるかな? と思ってパッケージを見ていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。
「九条さ~ん。もう、人使いが荒いんですからあ」
「でも、髪つつくの好きでしょ?」
「はあいっ」
今、あのカオルが天使に見えた。ものすっごい嬉しそうに笑った。……よっぽど好きなんだな、人の髪。
「でもさカオル。ごめん。呼んでから言うのもなんなんだけど」
「あ。それでしたら大丈夫です。執事さんに道具の場所とかを聞いてきましたのでえ」
助かります。カエデさんも、オレに教えといてくれればよかったのに。ていうか皇もいろんなものあるんだね。
「でも、本当に黒くしちゃっていいんですかあ?」
「え? なんで?」
「黒い九条さんを知りませんのでよくわかりませんけど……ああ。お腹の中が黒いのはよく知ってるんですけどお」
「オレも知ってるからいちいち言わなくていい」
「あは。すみませ~ん」
コズエ先生がまだ来ないから、ちょっと元気なさそうだったけど……でも、いつものカオルだ。よかった。本当に好きなんだな。人の髪。
「オレンジもお似合いでしたので。それが見られなくなるのは残念だなと、ちょっと思っただけです」
寂しそうな顔でオレの髪に手を伸ばすカオルに、ちょっとドキッとした。
……いや、そういう意味じゃないから。なんかこう、儚く見えたんだ。
「どうしたの、カオル」
「……いいえ。なんでもありません」
「さあ、はじめましょう」と。着々と準備を進めるカオルを見つめていたら、その理由がなんとなくわかった気がした。
――――――…………
――――……
それから、結構本格的にカオルがオレの髪を染め始めた。こういうのって普通、専門学校に行かないとわからないもんなんじゃないかなって思ったんだけど。
「え? ああ。ぼくは独学ですよ~」
独学で染められるのか、オレ▼
いや、頼んだのオレだけどさ。
「九条さんは、どうしてぼくに頼んだんですう?」
「え?」
「こういうのは通常、きちんと美容院で染めてもらった方がいいと思うんですがあ」
「……まあ、そうだね」
そう思っていても、どうしてカオルに頼んだのか。そんなの、答えはひとつだ。
「カオルに頼みたいって思ったからだよ」
「……すごく、嬉しいです」
丁寧に塗りながら。鏡越しに笑ったカオルは、やっぱり少し寂しそうだった。



