「ねえ」
あれ。しかも結構怒ってるし。さっき耳元で甘く囁いてくれた声よりも断然……低くていらっしゃる。
「前もそんな声出したの」
「ふぇ?」
前とは? な、なんのこと?
あなたは一体、何にそんなに怒ってるの。
「カオルに触られた時は」
「えっ、あ……っ」
「元カナの組の奴等に触られた時は」
「やっ。ひなたく」
言ってくる言葉は少し怒ってるのに、触れている手はとてもやさしくて。解されて。力が。入らない……。
「……ねえ。そんな声、聞かせたの。あいつらにも」
今度は悲しげな声。けれど、手はやさしいままで、声が止まらなくて……。
「……腹立つ」
寂しそうな彼に、なんとか答えようと、力の抜けた体をどうにか動かして、そっと彼の手に触れる。
「……ごめん。めっちゃ妬いた」
すぐ助けに行かなかった自分に腹が立ってるんだと。彼はそう言うけれど……。
「……? あおい?」
乱されまくったわたしは、浅く息をつきながらなんとか言葉を紡いだ。
「……も、もう。やっちゃ、いやっ」
弾かれたように、彼は胸から手を離した。
「(そんな顔で嫌って言われても……)」
お腹に戻った彼の腕は、むぎゅーって抱きついてきた。しかも、こもってよく聞こえなかったけど、背中でなんか唸ってる。
「……ひなたくん」
「……なんですか」
「ひなたくんの方……。向きたい」
「……」
一瞬の間のあと。彼はふっと腕の力を緩めた。
「……お久し振りのひなたくんだ」
「え」
「やっと顔見えた」
「……」
くるりと回ると、少しだけ見下ろした場所にヒナタくんの顔があって。それだけで、なんだか嬉しくなっ――
「うわっ! ちょ、ひなたく……。んっ」
とか思ってたら、思い切り抱きつかれた。完全に胸狙って来やがったなコノヤロウ。
「ちょ。あ、あんまり動かないで……」
ホックも外れ、ズレ落ちた肩紐。完全に用をなしていないそれのせいで、ソワソワと落ち着かない。
「……? ひなたくん?」
でも、本当にそこからピタリと彼は動かなくなってしまった。……けれど、縋り付くように腕は強く、わたしを引き寄せようとしている。
それがまるで、小さなこどものようで。かわいいけれど、どこか胸が締め付けられて、苦しくなって。
「……よしよし」
そっと、彼の頭を撫でたくなった。
「……あの時は、とっても申し訳ないんだけど、ハッキリ言おう。気持ちが悪かった」
「……え」
そこから顔を上げたヒナタくんは、何とも言えないような顔で。それがなんか、おかしかった。
「だって、カオルくんなんか鷲掴みだったし」
「え」
「やさしさなんて欠片もないし」
「え」
「お兄さんたちはなんか手汗で濡れてたし鼻息荒かったし」
「え」
「容赦なく蹴り飛ばしたけど」
「……えっと」



