すべての花へそして君へ①


「ねえ」


 あれ。しかも結構怒ってるし。さっき耳元で甘く囁いてくれた声よりも断然……低くていらっしゃる。


「前もそんな声出したの」

「ふぇ?」


 前とは? な、なんのこと?
 あなたは一体、何にそんなに怒ってるの。


「カオルに触られた時は」

「えっ、あ……っ」

「元カナの組の奴等に触られた時は」

「やっ。ひなたく」


 言ってくる言葉は少し怒ってるのに、触れている手はとてもやさしくて。解されて。力が。入らない……。


「……ねえ。そんな声、聞かせたの。あいつらにも」


 今度は悲しげな声。けれど、手はやさしいままで、声が止まらなくて……。


「……腹立つ」


 寂しそうな彼に、なんとか答えようと、力の抜けた体をどうにか動かして、そっと彼の手に触れる。


「……ごめん。めっちゃ妬いた」


 すぐ助けに行かなかった自分に腹が立ってるんだと。彼はそう言うけれど……。


「……? あおい?」


 乱されまくったわたしは、浅く息をつきながらなんとか言葉を紡いだ。


「……も、もう。やっちゃ、いやっ」


 弾かれたように、彼は胸から手を離した。


「(そんな顔で嫌って言われても……)」


 お腹に戻った彼の腕は、むぎゅーって抱きついてきた。しかも、こもってよく聞こえなかったけど、背中でなんか唸ってる。


「……ひなたくん」

「……なんですか」

「ひなたくんの方……。向きたい」

「……」


 一瞬の間のあと。彼はふっと腕の力を緩めた。


「……お久し振りのひなたくんだ」

「え」

「やっと顔見えた」

「……」


 くるりと回ると、少しだけ見下ろした場所にヒナタくんの顔があって。それだけで、なんだか嬉しくなっ――


「うわっ! ちょ、ひなたく……。んっ」


 とか思ってたら、思い切り抱きつかれた。完全に胸狙って来やがったなコノヤロウ。


「ちょ。あ、あんまり動かないで……」


 ホックも外れ、ズレ落ちた肩紐。完全に用をなしていないそれのせいで、ソワソワと落ち着かない。


「……? ひなたくん?」


 でも、本当にそこからピタリと彼は動かなくなってしまった。……けれど、縋り付くように腕は強く、わたしを引き寄せようとしている。
 それがまるで、小さなこどものようで。かわいいけれど、どこか胸が締め付けられて、苦しくなって。


「……よしよし」


 そっと、彼の頭を撫でたくなった。


「……あの時は、とっても申し訳ないんだけど、ハッキリ言おう。気持ちが悪かった」

「……え」


 そこから顔を上げたヒナタくんは、何とも言えないような顔で。それがなんか、おかしかった。


「だって、カオルくんなんか鷲掴みだったし」

「え」

「やさしさなんて欠片もないし」

「え」

「お兄さんたちはなんか手汗で濡れてたし鼻息荒かったし」

「え」

「容赦なく蹴り飛ばしたけど」

「……えっと」