すべての花へそして君へ①


 ガラス戸の向こうは、なんか、真っ白だった。真っ白でふわふわで。


(……あったかい)


 大きな大きなそれに、体がすっぽりやさしく包み込まれた。


「おかえり」


 いなくなったんだとばかり。大きなタオルを広げて待っていた彼は、タオルごと抱き締めながら大人びた顔で笑った。


「……ひなたくん」


 なんだか今、ここから出てきたことに対して『おかえり』と言われたんじゃないような気がして。その『おかえり』に、もっと長い時間の思いが詰まってるような気がして。


「……。うんっ。ただい――」

「ていうか、よくスッポンポンで躊躇わずに出てこられるね。男のオレでも、今の状況だったらちょっとだけ扉開けて確認とかするよ?」


 擦り寄ってさ? タオル越しに彼の服を掴んでさ? 今、ただいまって言おうとしたんですけどね? ……食い気味で返事をすればよかったんですかね。そうでしょうね、きっと。


「ひな」

「見られたくなかったらタオル持っててね」

「ぅえっ!?」


 そう言うや否や手を離した彼は、小さめのタオルで今度はわたしの頭を拭き始めた。


「ひ、ひなたくん。自分でやります……」

「いいの。オレがやってあげたいから」


『どこまでやるつもりですかね?』って、頭のほぼ全部で思った。


「ひなた、くん……? あの……」


 けど、あなたが仰った通り、わたし今スッポンポンなんですよね。タオルしてますけど。ですから……なんかこう、わかってもらえると有り難いんですけど。特に、着替えられないので。


「シントさん? 通報はしてないよ流石に」


 ――よかった。頭の中の、さっきの残りくらいは思った。


「ただ、……寂しかったから」

「っ、え……?」


 言葉通りの声色に、慌てて顔を上げる。わしゃわしゃと、やさしく頭を拭いてくれている彼が今、本当にそう言ったのだろうか。


「……ひなたくん」

「ちょっとさ、言ってから後悔してた」

「え?」


 拭いていた手を止めて、もう一度やさしく抱き締められる。……その腕だけで、今の彼の思いが伝わってくるようで。


「今はさ。ちょっと離れたくないな、って」


 ぎゅっと力を入れた彼は、そのまま濡れた髪にキスをする。


「……寂しかったの?」

「うん」

「素直だね」

「うん」

「ほんとに通報してない?」

「……」

「え」

「ははっ。してないよ?」


 腕の中から顔を上げると、今度は子どもっぽい笑顔。それにきゅんって胸が鳴ったのは、もうしょうがないことだと思う。


「いなく、なっちゃったのかと思った」

「え?」

「それくらい。……今は、あおいの姿が見えてないと、声が聞こえてないと、あおいに触れてないと」


 寂しくなるから、と。
 ……ああ。だから彼は、わたしに電話をしてきた時、とても嬉しそうにしていたのか。


「……大丈夫。どこにも行かないからね?」

「うん」

「ずっとずっと、一緒にいるよ。ヒナタくんから絶対離れない」

「うん」

「離れてって言っても、嫌って言っても、肋骨が折れるーって言っても、絶対離してなんかあげないんだぞ?」

「ははっ。うーん。それは流石に離さなくてもいいから、腕の力は緩めて欲しいかも」

「承りました。ははっ」