すべての花へそして君へ①


「んしょっと」

「ぅえっ!?」


 バタンと扉が閉まった瞬間、体が宙に浮いた。


「ちょっと。暴れないでよ」

「あっ。歩けるよっ」

「嘘ばっかり」


 いとも簡単に持ち上げられ、そしていつもよりも近い彼の顔に、大きく心臓が跳ねた。


「あり。がと」

「……ん」


 そっとベッドへ下ろしてくれた彼は、ご丁寧に履いてたスリッパも脱がしてくれた。
 そんな彼の横顔をじっと見つめていると、「……なに」とほんの少しだけ照れているような声が、横目と一緒に返ってくる。


「そんなに見られたら穴が空く」

「すっ、すみません。ご主人さまっ」


 慌てて顔を覆うと、小さく噴き出した音。指の間から音の正体の彼を確認する。


「大丈夫そうだね」

「……。はい」


 覗き込むように頭をポンポン撫でてくる、やさしい笑顔の彼は、すごく大人っぽく見えた。


「さてと。何かわからないことは? まあオレもさっき聞いたから、そっくりそのまま答えることくらいしかできないけど」


 彼も靴を脱ぎ、二人でベッドに座り込む。……わからないこと、というよりは、聞きたいことが。


「……あの。シントは?」

「……どうやっても他人のことが心配でしょうがないんだね」

「それは。お互い様でしょう?」


 一度言葉を詰まらせた彼は、ゆっくりため息を吐いた。


「シントさんの場合は、結局仕分け自体がもう普通の薬だったんだ。だから、薬物に関してあの人は何も関与してないよ」

「……そ、か」


 聞いても、やっぱりまだ実感が湧いてこない。……でも、ほっとした。彼は、わたしと一緒に罪を負ってしまったと。そう思っていたから。
 そっと、左手首を握る。そこから見える黄色に、涙が出そうになった。


「……やったじゃん。友達、増えたんだね」


 きっと、黄色が目に入ったんだろう。返事をしようと思ったけれど声が出なくて。何度も何度も頷いて返事をした。

 次期当主になる彼の人生を、潰してしまったと思っていた。……でも、そっか。きっともう、知っていたんだ。だから彼は、次期当主の話しか、わたしにはしなかったんだな。自分が罪など背負っていないことを、彼は口にしなかったから。
 だって真面目な彼だもの。本当に罪を負っていたのなら、彼もまた、わたしと一緒に檻の中だったはずだから。


「……月雪と日下部は?」

「月雪の方は、シントさんと同じ感じ。日下部は、薬物の倉庫みたいなことしてたからアウト。関係者はみんな捕まった。もちろんカオルはセーフだよ」


 それから百合の理事。その人もまた、この計画に荷担していたため逮捕された。
 大変な事件だったけれど、今はもう次の理事長の選出も時間の問題らしい。信用云々は、これからどうなるかによるだろうけれど、有力候補の基板がしっかりしてるみたいで、立て直すのにも時間はそうかからないだろうとのこと。


「……そっか」

「他は? あんたのことは?」

「ん? ……それが本当だったら。すごいな~って」

「いや、本当なんだけど」

「……ちょっとふわふわしてて。信じられなくて。落ち着いたら、冷静に判断できるんだろうけど。今は。それが事実なんだって。噛み締めるので精一杯かな」

「……そっか」