「オレの母さんは、本当に精神安定剤を服用していたらしいよ」
「えっ?」
大量にできてしまった偶然の産物。紛い物の薬。壊れてしまった三人は、彼の母親までも壊そうとしていた。
彼らが、ワカバさんになんと言って渡したのかは知らないが、この時既に正常な判断はできていなかったと考えられ、悪意であったことはほぼ確定だろうと。
しかし彼らが渡していたのは、効き目の低いただの精神安定剤。彼女はそれを精神安定剤として受け取っていた。三人はそれを、壊れる薬として渡していた。
「……まあ、結果的にはその薬で効かないくらい、母さん壊れてたんだけどね」
少しだけ安心したような。でも、やっぱり悔しそうな悲しそうな彼の服の裾をそっと掴む。
「……? ……大丈夫だよ。ありがと」
泣きそうに笑った彼に、ただ一度だけ、小さく頷いた。
それからアキラくんとシント、シランさんが着けていたイヤーカフ。それも、たくさん作らせていたものの、全て取ってあるらしい。
「薬も、オレの母さんに渉っていただけで、その他は道明寺から一切出てなかったんだって」
それを先生は、もう狂いすぎていたと言ったけれど……。
「わたしは。アオバさんの言う通り、やさしい彼らの、心のどこかの引っ掛かりが、止めてくれたんだと思う」
「……うん。オレも一緒」
「……そ、か」
信じられないような話に、体の緊張が一気に抜けてしまったのか、ふらっと立ちくらみのような感覚が襲った。
「……大丈夫?」
「……な、なんか信じられなくて……」
「まあ、そうだろうね」
支えてくれた彼に感謝してすぐ離れようとしたけれど、ぎゅっと余計引き寄せられてしまった。アオバさんと先生の視線が痛い。
「まあ、あおいちゃんが潰す提案してしまったのは事実だけれど、それはあくまで提案。アイディアよ。それを行ったのは壊れてしまったあの三人であり、白木院カンナ。初めから言ってはいるけれど……もう一度。改めて言っておくわね」
――あおいちゃん。あなたは最初から、何の罪も背負ってなどいないのよ。
「……わたしは。最初から……」
頷きはしたものの、やっぱり信じられなかった。
「……あ、の。パ、パスポートの偽造は?」
「その偽造されたものは、あなたではないでしょう?」
「……!」
「それら全て、赤い瞳のものだった。そして、それもあなたがしたくてしたわけではないもの。……だから、既にこの世にいないものへの罪として処分されることになったの」
「……ほんとに?」
「ええ本当よ。今言ったことは全て事実。嘘ではないわ。……まあ、今きっとあおいちゃんの中ではいろんな情報が錯綜しているだろうから、パニックを起こしてしまうのも無理ないか。九条くん。そこら辺のフォローは任せてもいいかしら」
「はい。あとはオレが何かあれば話しておきます」
「……あおいちゃん」
未だに信じられない。本当に……本当に今のことは。本当なんだろうか。
「それじゃ、遅くに悪かったわ。あともう二、三時間くらいで出る予定だけれど、もしまだ聞きたいことがあったらその時に聞いてくれる?」
「あ。……はい。わかりました」
「あ。あおいちゃん? ……その、また会えるのを、楽しみにしてるからね?」
「はいっ。ありがとうございますアオバさん」
二人は小さな笑みを残して、部屋を出て行った。



