すべての花へそして君へ①


 それはさておき。今はカエデさんの地図のおかげで、用意してある部屋まで迷子にならず移動中。


「……おや。葵ちゃん。こんな夜遅くにどうしたんだい?」

「あ。理事長! こんばんはー」


 用意された部屋のある階の窓から、外を眺めていた理事長に出会した。


「今、『今までありがとう』って。『お疲れ様』って言いに行ってたんです」

「そうか。……葵ちゃんも、お疲れ様」


 やさしい顔をしている彼が頭に乗せた手も、すごくすごくやさしさで溢れていた。
 そんなあたたかさに小さく笑ったあと。


「……理事長。ひとつ、聞いてもいいですか?」

「うん。なんでもどうぞ」


 聞きたいことがあったんだ。ずっとずっと、気になっていたこと。できれば、濁さずに教えて欲しい。


「わたしの名字。あなたはご存じだったんじゃありません?」

「……」


 瞳の奥からは、何を考えているのか読み取ることはできなかった。……どうなのだろう。もう、自分の推測ではあるけれど。


「ヒナタくんから話を聞いたので、もうわたしは全て知っています。それに、もしご存じだったとしても、わたしがあなたに感謝しているのは変わりありません」


 そう言って深く、頭を下げる。彼にもたくさんたくさん、迷惑を掛けてしまったのだから。


「理事長。本当に、わたしなんかを入学させてくれてありがとうございます。たくさんたくさん、手を尽くしてくれて、ありがとうございましたっ!」


 けれど彼は、しばらくの間、何も言葉を発さなかった。どうしたのだろうかと思って顔を上げると、彼からは理事長の仮面が剥がれ落ちていた。


「……ぼくは、君にお礼を言ってもらえるような人間ではないよ」


 言葉を紡いだと思ったらそんな言葉。
 そんなはずはないのにと、もちろん思ったけれど……ほんの少しだけ、影の差した彼の表情にかける言葉が見つからず。静かにただ、続きの言葉を待った。


「君の事情は噂で知っていた。でも、君から直接話を聞くまでは信じていなかった。……ぼくは初め、君のことを【悪魔の子】だと思っていたからね」


 言葉にされるのは、彼の隠していた本音と事実。
 それを、苦い顔をしながらも、隠さず教えてくれた。