すべての花へそして君へ①


「そういう、商談ばっかりならまだいいんだけどさ……」


 はあああと、デカい重い深いため息を吐いたかと思ったら、握られている手に力が入った。


「正直言っていい?」

「ん? ……なにを?」

「ちょー……ぶさいく」

「え」

「マジでヤダ。ほんとヤダ。なんなの縁談って。俺ずっと独り身でいい」

「えっ。ちょ、ちょっと」


 手はいつの間にか離れ腰へとまわり、ぐっと引き寄せられてしまった。


「だってしょうがないじゃん。俺は、葵しか好きじゃないんだから……」

「シント……」


 小さな子どもを宥めるように。シントの背中をポンポンとやさしく撫でる。そうしたら、余計腕の力が強まってしまった。


「お給料なんて要らないっ。俺が欲しいのは……っ。葵だけだ」

「……ありがと」

「いつも側で見てきた。いつも、想ってきた。葵の傍がっ……。俺の居場所だっ」


 体の軋む音が聞こえてきそうなほど、強く強く抱き締められる。……けれど。流石に今は、その腕を解くことなんてこと、できなかった。


「葵はほんと見る目ないっ!」

「え。……そ、そう?」

「あんな悪魔、俺は薦めないっ!!」

「そ、そう……」


 拗ねた口調に、ふっと小さく笑いが漏れる。すごくかわいい。お兄さんなのにっ。
 でも、ふっと力が緩んだ。肩から上がった彼の表情からは、感嘆が読み取れる。


「……ほんと、よく見えてる。流石はご主人」

「……しんと」

「知ってたの? そういうわけじゃないよね」

「ん? ヒナタくんのこと?」

「そう。だって葵、日向くんのことどっちかって言ったら苦手だったでしょ?」

「……まあ、そんな時期もあったよね……」


 なんでかって言ったら、彼の方が思いっきり『近寄ってくんな』感を出していらっしゃったので。お友達が初めてできたわたしにとっては、彼との距離感に困ったものです、はい。


「そうなんじゃないかなって思ったのは、クリスマス前。それで、双子のお姉さんがいるって知って。鎌をね、掛けたの」

「ん? どういうこと?」

「……事故。遭いそうだったのは君の方でしょうって」

「……そっか」


 弟は女の子の恰好を。姉は男の子の恰好を。薬で狂っていたとしても、その見た目だけなら判断は付くはずだ。狙っていたのは……『女の子』なんだから。


(それから、ヒナタくん=ルニちゃんになったわけだけど……)


 怪盗さんにまで繋がったのは、あの時だった。
 気が付けて。レンくんとカオルくんが怒ってくれて。アイくんとコズエ先生が説得してくれて。……本当によかった。