「そういう、商談ばっかりならまだいいんだけどさ……」
はあああと、デカい重い深いため息を吐いたかと思ったら、握られている手に力が入った。
「正直言っていい?」
「ん? ……なにを?」
「ちょー……ぶさいく」
「え」
「マジでヤダ。ほんとヤダ。なんなの縁談って。俺ずっと独り身でいい」
「えっ。ちょ、ちょっと」
手はいつの間にか離れ腰へとまわり、ぐっと引き寄せられてしまった。
「だってしょうがないじゃん。俺は、葵しか好きじゃないんだから……」
「シント……」
小さな子どもを宥めるように。シントの背中をポンポンとやさしく撫でる。そうしたら、余計腕の力が強まってしまった。
「お給料なんて要らないっ。俺が欲しいのは……っ。葵だけだ」
「……ありがと」
「いつも側で見てきた。いつも、想ってきた。葵の傍がっ……。俺の居場所だっ」
体の軋む音が聞こえてきそうなほど、強く強く抱き締められる。……けれど。流石に今は、その腕を解くことなんてこと、できなかった。
「葵はほんと見る目ないっ!」
「え。……そ、そう?」
「あんな悪魔、俺は薦めないっ!!」
「そ、そう……」
拗ねた口調に、ふっと小さく笑いが漏れる。すごくかわいい。お兄さんなのにっ。
でも、ふっと力が緩んだ。肩から上がった彼の表情からは、感嘆が読み取れる。
「……ほんと、よく見えてる。流石はご主人」
「……しんと」
「知ってたの? そういうわけじゃないよね」
「ん? ヒナタくんのこと?」
「そう。だって葵、日向くんのことどっちかって言ったら苦手だったでしょ?」
「……まあ、そんな時期もあったよね……」
なんでかって言ったら、彼の方が思いっきり『近寄ってくんな』感を出していらっしゃったので。お友達が初めてできたわたしにとっては、彼との距離感に困ったものです、はい。
「そうなんじゃないかなって思ったのは、クリスマス前。それで、双子のお姉さんがいるって知って。鎌をね、掛けたの」
「ん? どういうこと?」
「……事故。遭いそうだったのは君の方でしょうって」
「……そっか」
弟は女の子の恰好を。姉は男の子の恰好を。薬で狂っていたとしても、その見た目だけなら判断は付くはずだ。狙っていたのは……『女の子』なんだから。
(それから、ヒナタくん=ルニちゃんになったわけだけど……)
怪盗さんにまで繋がったのは、あの時だった。
気が付けて。レンくんとカオルくんが怒ってくれて。アイくんとコズエ先生が説得してくれて。……本当によかった。



