「……っ」
「しんと……?」
どうしたのだろうか……。どうして彼は、どこか苦しげな表情を浮かべているんだ。
「……こんなこと言ったら、葵は俺のこと、嫌いになるかも知れないけど」
「え?」
そっとコーヒーをテーブルへ置き、全ての手を包み込むように、彼はぎゅっと手を握った。
「葵を見て、安心してた。俺は、異端じゃないんだって。最低でしょ」
「……」
「頭も良すぎるし、めちゃくちゃ強いし、もうわけわかんないよね。勘も良いもんだから悪いことなんてできやしないし」
シントから出る言葉は、そんなわたしを異常だと言っているような言葉ばかり。さっきは、葵は葵だと言ってくれたのに、完全に矛盾だ。
「……シント、あのね?」
でも、そんなことを言う彼の重なる手を、少し、力を入れて握ってあげる。
「わたしのこと、大好きなんだって。離れたくないんだってシントの気持ち。……もう十分伝わってるからね?」
「……!!!!」
言いたいならハッキリ言えばいい。素直に、離れたくないと。言いたくないなら言わなきゃいい。わざと、わたしに嫌われるようなこと。
「そんな……こと」
「言って欲しくないならそう言って? 解雇のこと。返事のこと。でも、今まで頑張ってお仕事してくれたわたしの執事さんに、お給料を支払ってあげないとっ」
「あおい……」
今にも泣き出してしまいそうな彼に、小さく笑いかける。
「それとも、わたしから離れないといけないのを言うのがつらかった? だからわたしに言わせようとしたのかな?」
「……。いじわるなんだから」
「だってシントだもん。何も隠さなくていいでしょう?」
「ズルい……。そういう言い方」
観念したシントは肩に額を乗せて、重い息を吐いている。彼のさらさらの髪に、わたしもそっと頭を寄せた。
「俺が生きてること。俺がここに帰ってきてること。俺がここの次期当主だってこと。……嗅ぎ付けた奴等が、なんとかして接触してこようとしてきてる」
「……そっか」
どうやって知ったのか。……もうこのぐらいのレベルなら買収だろう。まあいずれはバレることだ。
(……もしかして)
彼はわたしに解雇され、ここへ帰ってきていても、わたしを助けるまでは必死にそいつらを抑え込むようなことをしていたのだろうか。接触がいつから始まったのかはわからないけど、この疲れようからしてその量は多そうだ。
「うちってバカだからさ」
「え」
「脆いんだよね、ほんと。すぐ瓦解すると思うよ」
「……えっと」
「うちはバカばっかの集まりだから、付け入る隙はいくらでもあるんだよ」
わたしの件がいい例だと。責めてるわけじゃなくどうやら褒めてくれたらしいけど。



