そのあとは、部屋に積まれたたくさんの段ボールの中から、取り敢えず今だけ要るものを取り出したり、あとは昔の日記を読んだり。でも、それもあまり進まないくらいには早く、シントは帰ってきた。
「はい。どうぞ」
「ありがとー」
渡されたコップからは、深みある香りが漂ってくる。
「まだコーヒー飲むんだね」
「もう中毒みたいになってるんだよね。でも、いろんな飲み物飲んで、好きなもの探してみたいって思うよ」
「そっか。……なんかさ、この時間帯に葵とちゃんと話せるのが未だ信じられないんだけど」
「ははっ。うん。わたしも。未だに信じられないよ」
2時を回る時刻を確認しながら、コーヒーを口にする。……仄かに苦い味わいだけで、シントが入れたものだってことがすぐにわかる。それだけたくさん。たくさん、彼が入れてくれたコーヒーを飲んできたから。
「……おいし」
「……よかった」
毎日コーヒーを飲んでた。毎日入れてくれていた。それがなくなった。他でもないわたしが、彼を捨てたから。
「……うん。やっぱり、シントのコーヒーが一番おいしいっ」
苦みや渋みを抑えてくれる彼のコーヒー以外は、やっぱり飲むと苦さが際立つ。苦いものが苦手なわたしでも飲みやすいこのコーヒーは、すーっと喉を通ってきて……。そして、彼のやさしさまでも、胃に届く。
「そう言ってもらえてよかった。……それで? 葵は何してたの?」
「ん? 日記をね? ちょっと見てたんだ」
引っ張り出したのは、一番初めに書いたもの。まだ幼かった頃、字はへたっぴだったけれど、あの頃からもう自分は異常だったと思う内容ではあった。
「ものすごい量。会話の内容から、風景、飛んでいた鳥の数とか、何時に強い風が吹いたとか」
見ていた手へ、そっと何かが添えられた。もちろん、それが何かなんてわかってる。
自分の隣へ座ったシントは、コーヒーを持っていない方の手でやんわり日記を読むのを止めた。
「これからゆっくり振り返っていけばいいよ。……でも、覚えておいて? 葵は葵だよ」
「……シント」
「人間離れはしてる。確かにね? でも、それは俺も一緒」
「え? シントはそんなことないっ」
「ううん。俺は異端だった。大人たちからは、まるで人造人間のようだって言われてたからさ」
苦手なものなどなく、なんでも水準以上に熟していた。それを求めてきていたのはもちろん『皇』だ。それに応えていただけだというのにこの言われよう……。
「意味わかんないよね」と、苛立ちを腹立たしさを隠し、拗ねたように言う。
「……頑張り屋さんだったんだね」
「え? ……葵」
コーヒーと日記をテーブルへ置いて、自分の手に乗っている彼の手に、もう片方をそっと重ねる。
「シントが、なんでもできる人でよかった。シントだったから、わたしは元気になれたんだよ?」
彼のおかげなんだ。あの家にいるのが苦しくなくなったのも、学校へ通えるようになれたのも。……ほんと、何度感謝してもしたりない。



