すべての花へそして君へ①


 そのあとは、部屋に積まれたたくさんの段ボールの中から、取り敢えず今だけ要るものを取り出したり、あとは昔の日記を読んだり。でも、それもあまり進まないくらいには早く、シントは帰ってきた。


「はい。どうぞ」

「ありがとー」


 渡されたコップからは、深みある香りが漂ってくる。


「まだコーヒー飲むんだね」

「もう中毒みたいになってるんだよね。でも、いろんな飲み物飲んで、好きなもの探してみたいって思うよ」

「そっか。……なんかさ、この時間帯に葵とちゃんと話せるのが未だ信じられないんだけど」

「ははっ。うん。わたしも。未だに信じられないよ」


 2時を回る時刻を確認しながら、コーヒーを口にする。……仄かに苦い味わいだけで、シントが入れたものだってことがすぐにわかる。それだけたくさん。たくさん、彼が入れてくれたコーヒーを飲んできたから。


「……おいし」

「……よかった」


 毎日コーヒーを飲んでた。毎日入れてくれていた。それがなくなった。他でもないわたしが、彼を捨てたから。


「……うん。やっぱり、シントのコーヒーが一番おいしいっ」


 苦みや渋みを抑えてくれる彼のコーヒー以外は、やっぱり飲むと苦さが際立つ。苦いものが苦手なわたしでも飲みやすいこのコーヒーは、すーっと喉を通ってきて……。そして、彼のやさしさまでも、胃に届く。


「そう言ってもらえてよかった。……それで? 葵は何してたの?」

「ん? 日記をね? ちょっと見てたんだ」


 引っ張り出したのは、一番初めに書いたもの。まだ幼かった頃、字はへたっぴだったけれど、あの頃からもう自分は異常だったと思う内容ではあった。


「ものすごい量。会話の内容から、風景、飛んでいた鳥の数とか、何時に強い風が吹いたとか」


 見ていた手へ、そっと何かが添えられた。もちろん、それが何かなんてわかってる。
 自分の隣へ座ったシントは、コーヒーを持っていない方の手でやんわり日記を読むのを止めた。


「これからゆっくり振り返っていけばいいよ。……でも、覚えておいて? 葵は葵だよ」

「……シント」

「人間離れはしてる。確かにね? でも、それは俺も一緒」

「え? シントはそんなことないっ」

「ううん。俺は異端だった。大人たちからは、まるで人造人間のようだって言われてたからさ」


 苦手なものなどなく、なんでも水準以上に熟していた。それを求めてきていたのはもちろん『皇』だ。それに応えていただけだというのにこの言われよう……。
「意味わかんないよね」と、苛立ちを腹立たしさを隠し、拗ねたように言う。


「……頑張り屋さんだったんだね」

「え? ……葵」


 コーヒーと日記をテーブルへ置いて、自分の手に乗っている彼の手に、もう片方をそっと重ねる。


「シントが、なんでもできる人でよかった。シントだったから、わたしは元気になれたんだよ?」


 彼のおかげなんだ。あの家にいるのが苦しくなくなったのも、学校へ通えるようになれたのも。……ほんと、何度感謝してもしたりない。