すべての花へそして君へ①


「えっと。次は……右」


 只今わたしは、地図が書かれている紙通りテクテクテク。現在地は、離れから延びている渡り廊下を歩いた先の、皇本邸。地図に書かれた通り、何も考えず、素直に従ってこちらまでお邪魔しております。
 地図は、先程また偶然出会したカエデさんに描いてもらったものだ。「あいつはさっき、部屋に戻っていったから」と。


「……着、いた……」


 その扉は、なんだか固く閉ざされているような雰囲気が滲み出ている気がした。どの扉も丁寧に仕事をしているようで、とても綺麗なつくりだった。それは、目の前のものももちろん。まるで、彼の繊細な心を映したかのように。
 きっと起きているんだろうと思い、小さくノックをする。中からの返事はなかったけれど、ドアノブの回る音がした。


「来るかな、って思ってた」

「そっか。それならよかった?」


 出迎えてくれた彼は、ゆっくり大きく扉を開き、さっと片手を広げる。


「どうぞ、入って? 全部ちゃんと取ってあるからね」

「うんっ。ありがと、シント」


 彼に誘われ、にっこり笑いながら部屋にお邪魔させてもらった。


「飲み物は? 何がいい?」


 未だにそんなことを言う彼に、小さな笑いが零れた。


「そんなそんな。皇の次期当主様に、そんなことさせられないよー」


 冗談で言ったつもりだった。でも彼の顔は、悲しそうに歪む。


「……じゃあ、コーヒー。くれる?」

「え。……こんな時間に」


 今度は文句を言われた。


「いいんだ。今日はもう、多分寝られないからね」

「……そうだね。段ボール自体は、日記のものしか開けてないよ。コーヒー作ってくるから、いろいろ見てて」


 すっと彼の手が頭に伸びてきた。でも、コツンとノックをするように、やさしく叩かれただけ。いつものようにはもう、撫でてはくれなかった。


(……ま。そりゃそうだよね)


 気を取り直し。まず、ぐるりと彼の部屋を見渡すことにした。部屋自体は、以前の自分の部屋だったものと、そう大差ない広さだ。ベッドや机、大きなソファーに、簡易キッチンなどもあるみたい。
 彼は今、そのキッチンにいる。どうやら、余程頼まれたのが嬉しかったみたいで、鼻歌でも歌っているのか、音譜が飛んでいるように見えるほどご機嫌だった。
 ……よかった。あんな顔、して欲しくなんてなかったから。