すべての花へそして君へ①


「ごめん。取り乱した」


 俯きながらゆっくりと体を起こした彼は、その拍子にずれ落ちそうになったコートを掛け直してくれた。


「それ着といて。一個荷物が減るから」


 そんな言葉付きで。とても器用とは思えない言葉に、ふふっと小さく笑いが漏れてしまう。


「……なに」

「ううん。なんでもないよ?」

「……そ」


 そのまま立ち上がった彼から伸びてきた手に、そっと重ねる。引っ張り起こされると、頭突きをしてしまう前の定位置に戻された。


「ちょっと不格好だけど、ちゃんと着てて」

「あ。……はい」


 離された手を、そろそろとコートの袖に通す。やっぱり男性用だから、わたしが着ると大きかった。丈は膝ぐらいまですっぽり。指先はもはや出る気配すらない。
 そんな些細なことに小さく笑いながら、わたしは無意識にさっきまで繋いでいた手を探した。


(……ズボンのポケットに親指掛けてる……)


 見上げると、彼もまた同じようにすっかり暗くなった星空を見上げていて。こちらには、全然気が付いていないみたいだった。


(……ちょっと、残念)


 流石にその手を自分から繋ぎに行く勇気は無くて。その手の代わりに、大きなコートの袖をぎゅっと握った。


「……オレも、一緒」

「……え」

「一緒だよ、オレも」


 その言葉の先を求めて。握っていた両手から、視線を上へと再び上げる。


「オレだって、怖くて聞けない」


 彼を、……いつ、わたしは怖がらせてしまったのだろう。


「好きな子には、自分のことを好きでいて欲しい」

「……っ、え?」

「結局は、そういうことでしょ」


 ゆっくりと俯いた彼は、そのままわたしとは反対方向へと顔を逸らし、そして微かにこう呟いた。

 ――どうしたって、好きなんだからと。


「う~ん……」

「えっ。……ちょっと。まさかわかんないってこと言わないよね」

「いや、どうしたって好きですけど」

「……やめてよ。そんなストレートに何回も言わないで」

「ううん。そうじゃなくて」

「……だったらなに」


 やっとこさ正面を向いてくれた彼は、ほんの少しだけこちらに顔をずらして、横目でわたしを見てきた。……どうやら、とても恥ずかしかったらしい。ほんの少しだけ、ほっぺたが脹らんでいた。


「そ、そっちこそやめてくれっ」

「え」


 なにその顔。めちゃくちゃかわいいんですけど。鼻血もだけど、涎が大変なことになりそう……。


「えっと。……その、いつ怖かったのかな、って」

「え?」

「さっき言ったでしょ。怖くて聞けないって」

「……ああ。うん」

「だから……えっと。わたし、何かしちゃったのかなって」

「心当たり、あるの」

「な、無いから聞いてるんだけど……」

「だろうね」

「へ」

「さっきのは例えの話」


 わたしが、素っ気なかったヒナタくんにその理由が聞けなかったように。ヒナタくんも、わたしがそんな態度だったら、少し怖いかも知れないと。


「だから、何もしてないんだから、そんな申し訳なさそうな顔しなくていいんだって」

「……そっか」


 やさしく笑いかけてくれた彼に、わたしもただ、ニコッと笑っておくことにした。