「ごめん。取り乱した」
俯きながらゆっくりと体を起こした彼は、その拍子にずれ落ちそうになったコートを掛け直してくれた。
「それ着といて。一個荷物が減るから」
そんな言葉付きで。とても器用とは思えない言葉に、ふふっと小さく笑いが漏れてしまう。
「……なに」
「ううん。なんでもないよ?」
「……そ」
そのまま立ち上がった彼から伸びてきた手に、そっと重ねる。引っ張り起こされると、頭突きをしてしまう前の定位置に戻された。
「ちょっと不格好だけど、ちゃんと着てて」
「あ。……はい」
離された手を、そろそろとコートの袖に通す。やっぱり男性用だから、わたしが着ると大きかった。丈は膝ぐらいまですっぽり。指先はもはや出る気配すらない。
そんな些細なことに小さく笑いながら、わたしは無意識にさっきまで繋いでいた手を探した。
(……ズボンのポケットに親指掛けてる……)
見上げると、彼もまた同じようにすっかり暗くなった星空を見上げていて。こちらには、全然気が付いていないみたいだった。
(……ちょっと、残念)
流石にその手を自分から繋ぎに行く勇気は無くて。その手の代わりに、大きなコートの袖をぎゅっと握った。
「……オレも、一緒」
「……え」
「一緒だよ、オレも」
その言葉の先を求めて。握っていた両手から、視線を上へと再び上げる。
「オレだって、怖くて聞けない」
彼を、……いつ、わたしは怖がらせてしまったのだろう。
「好きな子には、自分のことを好きでいて欲しい」
「……っ、え?」
「結局は、そういうことでしょ」
ゆっくりと俯いた彼は、そのままわたしとは反対方向へと顔を逸らし、そして微かにこう呟いた。
――どうしたって、好きなんだからと。
「う~ん……」
「えっ。……ちょっと。まさかわかんないってこと言わないよね」
「いや、どうしたって好きですけど」
「……やめてよ。そんなストレートに何回も言わないで」
「ううん。そうじゃなくて」
「……だったらなに」
やっとこさ正面を向いてくれた彼は、ほんの少しだけこちらに顔をずらして、横目でわたしを見てきた。……どうやら、とても恥ずかしかったらしい。ほんの少しだけ、ほっぺたが脹らんでいた。
「そ、そっちこそやめてくれっ」
「え」
なにその顔。めちゃくちゃかわいいんですけど。鼻血もだけど、涎が大変なことになりそう……。
「えっと。……その、いつ怖かったのかな、って」
「え?」
「さっき言ったでしょ。怖くて聞けないって」
「……ああ。うん」
「だから……えっと。わたし、何かしちゃったのかなって」
「心当たり、あるの」
「な、無いから聞いてるんだけど……」
「だろうね」
「へ」
「さっきのは例えの話」
わたしが、素っ気なかったヒナタくんにその理由が聞けなかったように。ヒナタくんも、わたしがそんな態度だったら、少し怖いかも知れないと。
「だから、何もしてないんだから、そんな申し訳なさそうな顔しなくていいんだって」
「……そっか」
やさしく笑いかけてくれた彼に、わたしもただ、ニコッと笑っておくことにした。



