部屋を出ると、そこはしんと静まり返っていた。まだパーティーはしているのか、本当に微かに、耳を澄ませば聞こえる程度の楽しげな声が遠くで聞こえる。廊下の電気は点いてはいるが、やさしい光だった。
少し温かみのあるその灯りを見上げていると、曲がり角から元婚約者が歩いてくるのが見えた。
「よ。相変わらずラブラブだな」
「おかげさまで」
今でも信じられない。こいつが、あたしのことを好いていたなんて。
杜真にもいつか、隣に立つ人が現れるだろうか。……そうだといいな。
「お前は? お前も眠れねえの」
「そうなんだよ。今日は目が冴えてるんだよなー」
そう言う杜真は、なんだか少し寂しそうだった。……そっか。彼女は、伝えたんだね。
「杜真、屈んで?」
「え? ど、どうした」
そう言いながらも、あたしの前に腰を少し曲げてきてくれる。
「うん。……よしよし」
「……」
何もしてやれない。きっと、話もしないし、泣きもしないんだろうから。
「……さんきゅ」
だから少し、そう言われたのが意外だった。……こいつを変えたのも、きっと彼女なんだろうな。
「なんだ、振られたのか」
「菊ちゃん!?」
無神経にそんな発言をするところだけは、本当に直して欲しい。……でも、そんな心配も杞憂だった。
「そーなんだよおー。ちょっと聞いてくれるー?」
そうやって、振られたことを話すのかと思ったら、何故か惚気はじめた。それだけきっと、振られたとしても嬉しかったのかも知れない。
「あ。お揃いで」
「「「え?」」」
そんなことを思っていると、前からその彼女が歩いてきていた。……よかった。本当に。戻ってきてくれて。
「……あの、何回も言ったんですけど」
「言うな。わかってっから」
彼女は、そんな必要などないというのに、彼と一緒にみんなへ謝罪とお礼をしていた。何度も何度も。きっと、言っても言い足りないんだろう。お礼も。そして……。
「……すみません」
……謝罪も。
「あー……。あれだ。お前を雑用係に任命する」
「え?」「「は?」」
何故か知らないけど、菊ちゃんがいきなりそんなことを言い出した。
「わ、わたし、既に庶務という雑用係なんですが……」
「生徒会じゃねえよ。オレの雑用係。精々オレに扱き使われるこった」
「菊ちゃん!」
「菊最低」
でも彼女は、大きく目を見開いたあと、嬉しそうに笑った。
「しょうがないですね。教材と一緒に先生も運んであげましょう! もちろん、お姫様抱っこで」
身に覚えがある杜真は「うげ」と。菊ちゃんもそれは嫌なのか「せめて背負え」と言っていた。



