すべての花へそして君へ①


 部屋を出ると、そこはしんと静まり返っていた。まだパーティーはしているのか、本当に微かに、耳を澄ませば聞こえる程度の楽しげな声が遠くで聞こえる。廊下の電気は点いてはいるが、やさしい光だった。
 少し温かみのあるその灯りを見上げていると、曲がり角から元婚約者が歩いてくるのが見えた。


「よ。相変わらずラブラブだな」

「おかげさまで」


 今でも信じられない。こいつが、あたしのことを好いていたなんて。
 杜真にもいつか、隣に立つ人が現れるだろうか。……そうだといいな。


「お前は? お前も眠れねえの」

「そうなんだよ。今日は目が冴えてるんだよなー」


 そう言う杜真は、なんだか少し寂しそうだった。……そっか。彼女は、伝えたんだね。


「杜真、屈んで?」

「え? ど、どうした」


 そう言いながらも、あたしの前に腰を少し曲げてきてくれる。


「うん。……よしよし」

「……」


 何もしてやれない。きっと、話もしないし、泣きもしないんだろうから。


「……さんきゅ」


 だから少し、そう言われたのが意外だった。……こいつを変えたのも、きっと彼女なんだろうな。


「なんだ、振られたのか」

「菊ちゃん!?」


 無神経にそんな発言をするところだけは、本当に直して欲しい。……でも、そんな心配も杞憂だった。


「そーなんだよおー。ちょっと聞いてくれるー?」


 そうやって、振られたことを話すのかと思ったら、何故か惚気はじめた。それだけきっと、振られたとしても嬉しかったのかも知れない。


「あ。お揃いで」

「「「え?」」」


 そんなことを思っていると、前からその彼女が歩いてきていた。……よかった。本当に。戻ってきてくれて。


「……あの、何回も言ったんですけど」

「言うな。わかってっから」


 彼女は、そんな必要などないというのに、彼と一緒にみんなへ謝罪とお礼をしていた。何度も何度も。きっと、言っても言い足りないんだろう。お礼も。そして……。


「……すみません」


 ……謝罪も。


「あー……。あれだ。お前を雑用係に任命する」

「え?」「「は?」」


 何故か知らないけど、菊ちゃんがいきなりそんなことを言い出した。


「わ、わたし、既に庶務という雑用係なんですが……」

「生徒会じゃねえよ。オレの雑用係。精々オレに扱き使われるこった」

「菊ちゃん!」

「菊最低」


 でも彼女は、大きく目を見開いたあと、嬉しそうに笑った。


「しょうがないですね。教材と一緒に先生も運んであげましょう! もちろん、お姫様抱っこで」


 身に覚えがある杜真は「うげ」と。菊ちゃんもそれは嫌なのか「せめて背負え」と言っていた。