名も知らないあなたへ
出だしから既に悩んでます。どうすればいいですかね。
しかも何回も書き直しました。でも、もう何回書いてもどうやって書いたらいいのかなんてわからないから、思ったことを綴ることにします。
お元気ですか?
もしかしたら、もう覚えていらっしゃらないでしょうか。
あなたから頂いた供物は、いつも出される料理なんか比べものにならないくらい美味しかった。
いつも、あなたとお話をするのが楽しみで仕方がありませんでした。
あなたのことだから、急にわたしがいなくなって驚かれたんじゃないでしょうか。
わたしは今、遠いところにいるんです。きっともう、あなたとは会えないでしょう。
ですから、この手紙を彼に託しました。あなたのことを、きっと彼なら捜し出してくれると思ったから。
一言、謝りたかったの。何も言わないで、出て行ってしまったこと。
ずっと心配だったの。あなたも、お家のことで悩んでいたみたいだから。
今は? どうですか?
あなたは笑顔でいるでしょうか。そうだったらいいな、と思っています。
わたしは正直、あの社にいることが苦痛でした。だから、あなたの存在にいつも助けられていたの。
苦痛だった。それは、あの社を出てからもずっと。……ずっと。ずっとよ。
あなたに会うことができなくて、寂しかった。声が聞けなくて、苦しかった。もう、触れることさえできなくて、つらかった。
でも、あともう少しでわたしは幸せになれるんです。今までつらいことがあった分、たくさんたくさん、これからを楽しみたいと思います。
あなたもどうか、幸せになってください。
きっと、つらいことがたくさんあったと思います。でも、その先には多くの幸せがあると思うの。
わたしの分の幸せも、あなたにお裾分けしますね。だからどうか、これからもあなたの大切な人を、その周りの人たちを、大事にしてあげてください。
言うつもりはありませんでした。でも、手紙を託した彼が書けって言うもんだから。
迷惑だったらごめんなさい。
あの頃のわたしは、あなたの存在が絶対でした。
それくらい、名も知らない、姿すら知らない、声と手しか知らないあなたに、わたしは恋をしていました。
あの頃がとても懐かしいですね。
またもし、会うことがありましたら、回し蹴りではなく、普通にお話しできたらいいなと思います。
そうかなと思っていただけなので、もし意味がわからなかったらごめんなさい。ただ、その声と手は、忘れることなどなかったから。
手紙を渡してくれた彼には、このことは内緒にしていてください。秘密、ですよ?
最後になりましたが、今あなたの大切なものはなんですか?
わたしにも、かけがえのない、大切なものができました。きっと、あなたもわかっていると思います。わたしの勘が正しければですが。
手紙の彼は、あなたに会わせようとしてくれました。ですが、わたしの方からそれは断らせていただいたんです。
決心が揺らぐ……というのももちろんありますが、もう長い間、わたしはいるべきでないところへ居続けすぎました。
今のわたしが願うことはただ一つ。わたしの大切な人たちが、幸せであり続けますように。もちろん、あなたもです。
それでは。もう、会えることはないのが少しだけ寂しいですが。
あなたが『弟のような彼』を見守り続けるように、わたしも、わたしの大切な人たちと助けてくれた皆さんを、見守り続けることにします。
あなたに出会えて幸せでした。
逆に言えば、あなたに出会えなければ、わたしはつらいままでした。
だからどうか、もう苦しむことがないように。
笑っていて? 大好きな人たちと一緒に。
おんぼろ社の元主より



