「あ! そうそう。カエデさんから伝言でね?」
「……?」
ぱんっ! と上から両手を合わせた音が聞こえた。声色からしてきっと、彼女はにっこり笑っている気がする。
「今度、ご飯食べにおいでって! あ。でも、もう謝るなって言ってたよ? 元彼さんに、お礼がしたいんだって!」
「お。れい……?」
降ってくる声はとても楽しそうだ。でも、お礼なんておかしいよ。俺は、責められるべきなのに。
「ユズちゃんのことを、好きになってくれてありがとうって」
……え?
「親からしてみたらね? きっと、誰かに好いてもらえることが、一番嬉しいんだと思う。そんな風に自分の子どもを育ててあげられたこと。すごく誇りだろうし、自慢したくなっちゃうんじゃないかな?」
そんな……。だって。俺は……。
「あとは、……ユズちゃんを前に進ませてくれてありがとうって」
「……!!!!」
弾かれたように顔を上げる。そこには、今まで見たこともないくらい、やさしい笑顔の彼女がいた。
「大事にしてたロザリオを持ってなかったんだって。あとは、カナデくんのことをずっと心配してたのも知ってたんだって。事件のことをちゃんと知ったのは、本当にカナデくんとユズちゃん二人が前に進んだ時。アキラくんたちも何も言わなかったんだね。カエデさんは、ユズちゃんの口から聞きたかったみたいだから、何があったのかは調べなかったんだって」
それは。親父もいた時、カエデさんからそう聞いてた。……でもカエデさんは、何一つ俺らを責めはしなかった。
「ユズちゃん。元気だったけど、元気じゃなかったんだって」
その言葉の意味は十分わかる。彼女もまた、隠すのが上手い内の一人だ。
「あれからはずっと笑ってるって。君の名前を出す時はすごい嬉しそうなんだって。……何もしてないわけないじゃん。カナデくんは、きちんとあの時ちゃんと向き合った。カナデくんが、弱いわけないじゃないか」
「――!!!!」
慌てて口元を抑える。口に出してた……? いや、出してないはず。でも目の前の彼女は、申し訳なさそうに笑ってた。
……きっと、聞こえてたわけじゃないんだ。もう、俺がここにいる時点でそこまで、予想がついてたんだ。
(……はは)
そんな。ズルいな。そんなの。敵うわけないじゃん。
「こうして泣いてるのは、わたしを傷付けちゃったんじゃないかって思ったからでしょ? それとも、わたしが帰ってきたからかな? ……ただいま。カナデくん?」
「あおい。ちゃん……」
「君が弱いなんて誰が言ったの? 言った人はきっと、君のことをちゃんと知らないんだね! 誰かのために泣けるのは、弱いって言わないよ? それは、やさしいって言うの。カナデくんは、本当にやさしい心の持ち主さんだよっ」
そんなことを言われると、また涙が溢れてくる。
男が泣くなんてかっこ悪くて。弱い証じゃないか。なのに彼女は、それをやさしく否定するんだ。
「弱い犬ほどよく吠えるって言うでしょ? 本当に弱いのは、そういう人たちだ。わたしは、やさしさは強さだと思ってる。君はそうは思わない? 思ったこともないかな」
そんなことない。だって。今目の前にいる君は。誰よりもやさしくて。誰よりも強い女性だから。
「お。もわ。ない」
「……そっか。それはよかった」



