すべての花へそして君へ①


「あ! そうそう。カエデさんから伝言でね?」

「……?」


 ぱんっ! と上から両手を合わせた音が聞こえた。声色からしてきっと、彼女はにっこり笑っている気がする。


「今度、ご飯食べにおいでって! あ。でも、もう謝るなって言ってたよ? 元彼さんに、お礼がしたいんだって!」

「お。れい……?」


 降ってくる声はとても楽しそうだ。でも、お礼なんておかしいよ。俺は、責められるべきなのに。


「ユズちゃんのことを、好きになってくれてありがとうって」


 ……え?


「親からしてみたらね? きっと、誰かに好いてもらえることが、一番嬉しいんだと思う。そんな風に自分の子どもを育ててあげられたこと。すごく誇りだろうし、自慢したくなっちゃうんじゃないかな?」


 そんな……。だって。俺は……。


「あとは、……ユズちゃんを前に進ませてくれてありがとうって」

「……!!!!」


 弾かれたように顔を上げる。そこには、今まで見たこともないくらい、やさしい笑顔の彼女がいた。


「大事にしてたロザリオを持ってなかったんだって。あとは、カナデくんのことをずっと心配してたのも知ってたんだって。事件のことをちゃんと知ったのは、本当にカナデくんとユズちゃん二人が前に進んだ時。アキラくんたちも何も言わなかったんだね。カエデさんは、ユズちゃんの口から聞きたかったみたいだから、何があったのかは調べなかったんだって」


 それは。親父もいた時、カエデさんからそう聞いてた。……でもカエデさんは、何一つ俺らを責めはしなかった。


「ユズちゃん。元気だったけど、元気じゃなかったんだって」


 その言葉の意味は十分わかる。彼女もまた、隠すのが上手い内の一人だ。


「あれからはずっと笑ってるって。君の名前を出す時はすごい嬉しそうなんだって。……何もしてないわけないじゃん。カナデくんは、きちんとあの時ちゃんと向き合った。カナデくんが、弱いわけないじゃないか」

「――!!!!」


 慌てて口元を抑える。口に出してた……? いや、出してないはず。でも目の前の彼女は、申し訳なさそうに笑ってた。
 ……きっと、聞こえてたわけじゃないんだ。もう、俺がここにいる時点でそこまで、予想がついてたんだ。


(……はは)


 そんな。ズルいな。そんなの。敵うわけないじゃん。


「こうして泣いてるのは、わたしを傷付けちゃったんじゃないかって思ったからでしょ? それとも、わたしが帰ってきたからかな? ……ただいま。カナデくん?」

「あおい。ちゃん……」

「君が弱いなんて誰が言ったの? 言った人はきっと、君のことをちゃんと知らないんだね! 誰かのために泣けるのは、弱いって言わないよ? それは、やさしいって言うの。カナデくんは、本当にやさしい心の持ち主さんだよっ」

 そんなことを言われると、また涙が溢れてくる。
 男が泣くなんてかっこ悪くて。弱い証じゃないか。なのに彼女は、それをやさしく否定するんだ。


「弱い犬ほどよく吠えるって言うでしょ? 本当に弱いのは、そういう人たちだ。わたしは、やさしさは強さだと思ってる。君はそうは思わない? 思ったこともないかな」


 そんなことない。だって。今目の前にいる君は。誰よりもやさしくて。誰よりも強い女性だから。


「お。もわ。ない」

「……そっか。それはよかった」