「……えっと」
たった一歩。立っていたら、半歩にも満たない距離。そこにいてくれた彼の胸元へと手を伸ばして、縋るように肩口へと頭を寄せる。
急にわたしが近づいたから、ヒナタくんは驚いてた。戸惑ってた。声とか体とか繋いでる手が、何となくそう教えてくれた。
「……。ごめんなさい」
「え? ……なんで?」
いきなりくっついたから。くっつきたく、なったから。
「……言ったじゃん。大歓迎、って」
「……っ」
「ただ、ビックリはしたけど」
「……。ずんまぜん」
「……泣いてたから」
え? っと思った瞬間、繋いでいた手が解かれてしまった。
たったそれだけで生まれる不安。陽が落ち始めたせいか、繋いでいた手の平の熱を攫うように吹いた夜を匂わせた風が、余計それを煽った。
「……え?」
けれどその不安は、一瞬にしてふわりとやさしく包み込まれた。
「……こー。と……?」
目の端に映ったものは、彼が神父として着ていたもの。頭から被さるように掛けられたせいで、一気に視界が暗くなる。
「ひなたくっ、……!」
『何で?』『どうして?』そんなニュアンスで名前を呼ぼうとしたら、彼の手が、腕が。わたしの体を、頭を。コートごと強く、押さえつけるように抱き竦めた。
(……ヒナタくん?)
何も言わずに、ただ彼は抱き締めてくれていた。その力強さが、さっきの不安を一気に拭い去ってくれるようで。
……あたたかかった。許されたこの場所が、居心地がよかった。ヒナタくんの、香りがした。
「……オレさ」
そうされてから、どれくらい経ったか。もしかしたら一瞬だったのかも知れない。この心地よさに浸っていたせいで、わたしはすっかり時間の感覚を忘れてしまっていて。
無言を決め込んでいた彼がそう口にした時、ようやく我に返った。
「オレこれでも器用でさ、いろいろできるっちゃできるんだけど」
(……ん?)
「結構不器用なんだよね」
――知ってマス。
え。話したと思ったらそれですか? 言ってることとしてることが、支離滅裂なんですけど。
「でも、自分で言うのもなんだけど、今オレめっちゃ素直だよ」
「……へ?」
「やりたいようにやってる。したいようにしてる」
――今だって、そうだよ。
最後に零した声色のように。強かった力は、やさしいものに変わった。
「困らせることはしたくなかった。泣かせたく、なかったのにな」
「……でも。これは……」
「けど困らせた。泣かせた。だから……ごめん」
ぐっと少しだけ力を入れて。隙間がないくらいピッタリとくっついた体は、少しだけ震えているような気がした。



