すべての花へそして君へ①


「……えっと」


 たった一歩。立っていたら、半歩にも満たない距離。そこにいてくれた彼の胸元へと手を伸ばして、縋るように肩口へと頭を寄せる。
 急にわたしが近づいたから、ヒナタくんは驚いてた。戸惑ってた。声とか体とか繋いでる手が、何となくそう教えてくれた。


「……。ごめんなさい」

「え? ……なんで?」


 いきなりくっついたから。くっつきたく、なったから。


「……言ったじゃん。大歓迎、って」

「……っ」

「ただ、ビックリはしたけど」

「……。ずんまぜん」

「……泣いてたから」


 え? っと思った瞬間、繋いでいた手が解かれてしまった。
 たったそれだけで生まれる不安。陽が落ち始めたせいか、繋いでいた手の平の熱を攫うように吹いた夜を匂わせた風が、余計それを煽った。


「……え?」


 けれどその不安は、一瞬にしてふわりとやさしく包み込まれた。


「……こー。と……?」


 目の端に映ったものは、彼が神父として着ていたもの。頭から被さるように掛けられたせいで、一気に視界が暗くなる。


「ひなたくっ、……!」


『何で?』『どうして?』そんなニュアンスで名前を呼ぼうとしたら、彼の手が、腕が。わたしの体を、頭を。コートごと強く、押さえつけるように抱き竦めた。


(……ヒナタくん?)


 何も言わずに、ただ彼は抱き締めてくれていた。その力強さが、さっきの不安を一気に拭い去ってくれるようで。
 ……あたたかかった。許されたこの場所が、居心地がよかった。ヒナタくんの、香りがした。


「……オレさ」


 そうされてから、どれくらい経ったか。もしかしたら一瞬だったのかも知れない。この心地よさに浸っていたせいで、わたしはすっかり時間の感覚を忘れてしまっていて。
 無言を決め込んでいた彼がそう口にした時、ようやく我に返った。


「オレこれでも器用でさ、いろいろできるっちゃできるんだけど」

(……ん?)

「結構不器用なんだよね」


 ――知ってマス。
 え。話したと思ったらそれですか? 言ってることとしてることが、支離滅裂なんですけど。


「でも、自分で言うのもなんだけど、今オレめっちゃ素直だよ」

「……へ?」

「やりたいようにやってる。したいようにしてる」


 ――今だって、そうだよ。
 最後に零した声色のように。強かった力は、やさしいものに変わった。


「困らせることはしたくなかった。泣かせたく、なかったのにな」

「……でも。これは……」

「けど困らせた。泣かせた。だから……ごめん」


 ぐっと少しだけ力を入れて。隙間がないくらいピッタリとくっついた体は、少しだけ震えているような気がした。