それを言うためだけに、彼女はわざわざ、ここに戻ってきたというのか。
「それだけ……ですか」
「え? うんっ。もうね、かっこよすぎてね、直視できないんだよ今。どうしてくれるんだ!」
「え。クレームですか……?」
「ええ!? 違うよ! すっごい褒めてるの! ……もしよかったら、今度わたしの髪も切ってくれたりする?」
将来、製薬会社に勤めたくはなかった。
「……ちょっと、いいですか」
「え?」
人がいつも、笑顔になれるようなことがしたかった。もちろん薬でも、笑顔にできるんだろうけど……ぼくがしたい、笑顔の方法じゃない。
「……ちょっと癖っ毛です?」
「うん。そうなんだ。だから長くないと跳ねちゃうんだよね」
人に喜んでもらえる仕事がしたかった。きっと、あんなことをさせられていたからだろう。
だから、それはもうずっと前から決めていた。決めていた……けど、そんなものできるわけないと、そう思っていた。
「……そうですね。逆に、この髪質を生かした方が手入れとかも楽そうですし。……長い方が、お好きですか?」
「う~ん。あんまりわかんない。長いのが普通だったから」
でも今、こうしてぼくも彼女と同じく未来が変わった。先のことを考えられるようになった。
「短いのもなかなかお似合いでしたよ? あ。でも、長いと言ってもある程度まででしたよね。もっと長くしてみては? パーマをかけて、髪を染めるのもアリだと思います。あとは痛まないようにトリートメントと保湿をしっかりして……」
「……ふふっ」
「……? 何か変なこと言いましたか?」
「ううん。カオルくんは、将来は美容師さんになりそうだなって思ったの」
「……はい。そうですね。なりたいです」
だから今、ちゃんと叶えたいんだ。
できないと思っていたことが、できるようになった。それをしないなんて……自分は曲げられない。曲げたくなんかない。
「そっか。美容師さん! いいねー。かっこいいっ」
「ありがとうございますう」
彼女は、一体どうするつもりなのだろう。ぼくとは違って、彼女自身がいなくなると思っていたのだ。
(……ぼくだったら)
自分だったらどうだろうか。……きっともう、何もかも諦めていた。夢など、そんなの『生きていること』意外に、何を望むというんだ。
「あなたは長い方が似合うかも知れません。ぼくの好みですが。何かあればご贔屓に。もう彼氏有力候補さん? は常連さんですのでえ」
「ははっ。そうだね! それじゃあ、切って欲しい時はお願いしようかな?」
だから、聞くなんてことできない。きっと今からたくさんの時間をかけて、彼女はそれを見つけるのだろうから。
「ええ。いつでもどうぞ。あなたと九条さんは特別です」
「わあーい! ありがとー! それじゃあアイくん捜しに行ってくるよっ! だだだだあー!!!!」
こんな子どもっぽいなんてこと、ぼくはあんまり知りませんでしたけど。
「……ま。あれはあれでかわいいんじゃないですか?」
それでもぼくが好きなのは、あくまでも大人の女性ですけど。



