すべての花へそして君へ①


 それを言うためだけに、彼女はわざわざ、ここに戻ってきたというのか。


「それだけ……ですか」

「え? うんっ。もうね、かっこよすぎてね、直視できないんだよ今。どうしてくれるんだ!」

「え。クレームですか……?」

「ええ!? 違うよ! すっごい褒めてるの! ……もしよかったら、今度わたしの髪も切ってくれたりする?」


 将来、製薬会社に勤めたくはなかった。


「……ちょっと、いいですか」

「え?」


 人がいつも、笑顔になれるようなことがしたかった。もちろん薬でも、笑顔にできるんだろうけど……ぼくがしたい、笑顔の方法じゃない。


「……ちょっと癖っ毛です?」

「うん。そうなんだ。だから長くないと跳ねちゃうんだよね」


 人に喜んでもらえる仕事がしたかった。きっと、あんなことをさせられていたからだろう。
 だから、それはもうずっと前から決めていた。決めていた……けど、そんなものできるわけないと、そう思っていた。


「……そうですね。逆に、この髪質を生かした方が手入れとかも楽そうですし。……長い方が、お好きですか?」

「う~ん。あんまりわかんない。長いのが普通だったから」


 でも今、こうしてぼくも彼女と同じく未来が変わった。先のことを考えられるようになった。


「短いのもなかなかお似合いでしたよ? あ。でも、長いと言ってもある程度まででしたよね。もっと長くしてみては? パーマをかけて、髪を染めるのもアリだと思います。あとは痛まないようにトリートメントと保湿をしっかりして……」

「……ふふっ」

「……? 何か変なこと言いましたか?」

「ううん。カオルくんは、将来は美容師さんになりそうだなって思ったの」

「……はい。そうですね。なりたいです」


 だから今、ちゃんと叶えたいんだ。
 できないと思っていたことが、できるようになった。それをしないなんて……自分は曲げられない。曲げたくなんかない。


「そっか。美容師さん! いいねー。かっこいいっ」

「ありがとうございますう」


 彼女は、一体どうするつもりなのだろう。ぼくとは違って、彼女自身がいなくなると思っていたのだ。


(……ぼくだったら)


 自分だったらどうだろうか。……きっともう、何もかも諦めていた。夢など、そんなの『生きていること』意外に、何を望むというんだ。


「あなたは長い方が似合うかも知れません。ぼくの好みですが。何かあればご贔屓に。もう彼氏有力候補さん? は常連さんですのでえ」

「ははっ。そうだね! それじゃあ、切って欲しい時はお願いしようかな?」


 だから、聞くなんてことできない。きっと今からたくさんの時間をかけて、彼女はそれを見つけるのだろうから。


「ええ。いつでもどうぞ。あなたと九条さんは特別です」

「わあーい! ありがとー! それじゃあアイくん捜しに行ってくるよっ! だだだだあー!!!!」


 こんな子どもっぽいなんてこと、ぼくはあんまり知りませんでしたけど。


「……ま。あれはあれでかわいいんじゃないですか?」


 それでもぼくが好きなのは、あくまでも大人の女性ですけど。