すべての花へそして君へ①


「あら。カオル?」


 ずっと聞きたかった声が、聞こえた気がした。


「え。か、カオル?」


 彼女は、いつも保っている距離の向こうで首を傾げている。


「……もし、ぼくが普通の子で。もし、ぼくが桜なら……」


 もしそこへ、同じように彼女がいたのなら……。


「ぼくは彼女に、恋していたんでしょうか」

「え?」


 たった今。あの瞬間。ほんの少し話しただけ。それでも十分、駆けて行った彼女の魅力がわかる。
 そんなもしもの話をしたところで、どうにもならないというのに。


「よく、わからないわ。……でも」


 安全な距離。彼女はいつも、ぼくが急に近づいてこないようにしていたはず……なのに。


(どう、して……)


 大好きな彼女は、その距離を自ら破ってきた。……今まで、そんなこと一度もなかったのに。


「カオルはカオル。誰がなんと言おうと、その個性を曲げずに来たことは褒めるべきことよ。それがもし、悪いことなら直さないといけない。でもカオルは違うじゃない?」

「……コズエ、さん」

「誰かを笑顔にしたいと思うことは、決して悪いことではないわ? ただ……そうね。人には好き嫌いがあるから、あなたのしたことを嫌だと思う人もいるかも知れない」


 触れるのは必ずぼくからだった。
 だから今、彼女が頭をやさしく撫でてくれていることが、信じられなかった。


「あなたは一人ではないわ。アイくんもいる、レンくんもいる。私だっているもの。……どうしたの? カオル。あなたらしくない。もしなんて」


 ぼくらしくない、か。確かにそうかも知れない。今まで自分のしてきたことは間違ってないと、疑ったことなどなかったのだから。


「どう、したんですかね。ちょっと、当てられたのかもしれません」


 この桜に。今までなかったあたたかさに。
 ……でも、それでも。変わらないと思えるものが一つだけある。