「あら。カオル?」
ずっと聞きたかった声が、聞こえた気がした。
「え。か、カオル?」
彼女は、いつも保っている距離の向こうで首を傾げている。
「……もし、ぼくが普通の子で。もし、ぼくが桜なら……」
もしそこへ、同じように彼女がいたのなら……。
「ぼくは彼女に、恋していたんでしょうか」
「え?」
たった今。あの瞬間。ほんの少し話しただけ。それでも十分、駆けて行った彼女の魅力がわかる。
そんなもしもの話をしたところで、どうにもならないというのに。
「よく、わからないわ。……でも」
安全な距離。彼女はいつも、ぼくが急に近づいてこないようにしていたはず……なのに。
(どう、して……)
大好きな彼女は、その距離を自ら破ってきた。……今まで、そんなこと一度もなかったのに。
「カオルはカオル。誰がなんと言おうと、その個性を曲げずに来たことは褒めるべきことよ。それがもし、悪いことなら直さないといけない。でもカオルは違うじゃない?」
「……コズエ、さん」
「誰かを笑顔にしたいと思うことは、決して悪いことではないわ? ただ……そうね。人には好き嫌いがあるから、あなたのしたことを嫌だと思う人もいるかも知れない」
触れるのは必ずぼくからだった。
だから今、彼女が頭をやさしく撫でてくれていることが、信じられなかった。
「あなたは一人ではないわ。アイくんもいる、レンくんもいる。私だっているもの。……どうしたの? カオル。あなたらしくない。もしなんて」
ぼくらしくない、か。確かにそうかも知れない。今まで自分のしてきたことは間違ってないと、疑ったことなどなかったのだから。
「どう、したんですかね。ちょっと、当てられたのかもしれません」
この桜に。今までなかったあたたかさに。
……でも、それでも。変わらないと思えるものが一つだけある。



