「……だから、オレに吐けばいいと思って」
「ひなクン……」
「別に、今すぐとかじゃなくてもよかったんだけど、たまたま通ったから」
「ほんとにたまたま?」
「え。もう流石にストーカーしないよ」
(そうだね。それ以上のことしちゃってたもんね……)
ひなクンはしゃがみ込みながら、彼女が走り去っていった廊下の先を見つめていた。そんな彼を見て、おれも同じようにその視線の先を追う。
「たまたま通って、またでもいいかなって思ったけど。……またにしちゃいけないなって思ったから」
……よく似てる。
「今ならアカネが、吐いてくれると思ったから来たんだけど……すみません、ほんと。オレは欲求の塊みたいです」
「そうだね」
「アカネが冷たい……」
そう言うひなクンは、ちょっとしょげてしまったようだ。まあそうだろうな。普段と違って今のおれ、目つき悪いだろうからね。
「せっかく来てくれたみたいだし、今のひなクン弱そうだから、言っちゃおうかな」
「……素直に頷けないんだけど。でも、よかったら言ってくれる? アカネ」
(そういうやさしいところとか、ほんとよく似てるよね)
似てないようで、よく似てるんだ、二人とも。全く違うようで、根元のとこが、同じなんだよね。……おれなんか。
「いいなあ~って思う。素直に」
おれなんか、やさしいとか言っても、あんなこと思う辺り汚いのに。真っ黒で汚くて汚れてて。それを、隠して……いたかったのにな。君にも。
「ひなクンのこと、羨ましいな~って思う。いろいろ」
こんなの、彼に吐いたところでどうこうなるわけじゃないけど。今思うのはそれだけかな。さっきだったら、どれだけ酷い言葉を言ってたのかわからないけど……ちょっとは効いたかな。あかねパンチが。
「だから、きっとあおいチャンは幸せになるだろうなって思う」
「アカネ……」
「ひなクンなら、絶対にあおいチャンを幸せにできるだろうなって、そう思う。……絶対、幸せにしてあげてね」
今、ちょっとまともに顔、上げらんないや。絶対今、変な顔してるや。
「……さっきさ」
「ん?」
「アキくんから、あいつの伝言を聞いたんだけど」
「え。あ、あきクン?」
ちらりと彼の顔を覗いてみたら、なんだか楽しげに笑ってた。自分は今、そんな風に笑えないと、そう思っていたんだけど。
「マジかっこいいよ、あいつ。オレのこと、世界で一番の幸せ者にしてくれるんだって」
「ぶはっ!」
かっこいいどころの話じゃない、まさかの逆プロポーズに噴き出してしまった。
「まあ、プロポーズは何回もしてもらってるんだよ、これでも」
「え。そ、そうなの……?」
なんとまあ、羨ましいことで。
「本人がしれっとそんなかっこいいこと言うもんだから、オレのハードルがどんどん上がっていくんだけど、どうしたらいいと思う?」
「そ、それは、……きっとあおいチャンなら、どんな言葉でも嬉しいと思うよ!」
「……だよね。オレもそう思う」



