すべての花へそして君へ①


「……ぶつけたのどこ?」

「おでこ」

「見せて?」

「大丈夫だって」

「じゃあ、大丈夫なら見せて?」

「……わかった」

「……前髪捲ってもいい?」

「ん」


 恐らくこの下なのだろうと思って、そっとそこへと手を伸ばす。案の定、捲ったらほんの少し赤くなっていた。結構な勢いでぶつかったけど、痛みほど酷く腫れそうにはなさそうだ。これなら、わざわざ冷やすこともないだろう。
 よしよしと。謝罪を込めてそっと撫でさせてもらった。


「……そういうのも、すごいところだと思う」

「え?」


 ……え。何が? 石頭が??


「言葉の選び方」

「……そう?」

「そう」

「そう……」


 確かに、選ぶ時は選ぶ。確かな言葉を、意味を、きちんと相手に届けたい時は。
 でも、今のは別に、選ぶほど意識していたわけじゃない。……それでも。褒められて嬉しくないわけがないけど。


(さすがヒナタくんっ)


 わたしの喜びポイントを確実に押さえていらっしゃる。敵わないのは、わたしの方だ。


「流石にあんな言い方されたら断れないし」

「え」

「言葉って怖いよねー。時には武器にも凶器にも脅しにもなる」

「ええっ! 別に脅してたわけじゃなくて……」

「ははっ。冗談冗談」


 ほんまかいな。
 彼の場合、時々本気の時もあったりするからな。主に警察を呼ぶ呼ばないの時とか。


「ほんとに冗談だってば」

「……怪しい」

「本当だよ」


 疑っていると、おでこを撫でていた手がパシッと取られる。急に触れられたことにも、驚いたけど。


「ほんと、じょ う だ ん、……だから」

「……う、ん」


 真っ直ぐ見つめてくる瞳にも、思わず息を呑んだ。


(……ひなた、くん)


 真剣な眼差し、だったせいか。さっきはすぐに逸らしてしまったのに、今度は逆に逸らせられない。

 まわりから、音が消えた。世界に、二人だけしか居ないような。そんな錯覚さえ起きてしまうような空気。
 居心地が悪くて、息がしづらくて、心臓がうるさくて。でも……嫌じゃなくて。ヒナタくんしか、見えなくて。

『恋は盲目』と言うけれど、今の状況がそれなんだろうか。わからないけど。


(ヒナタくん……)


 そのことについては、わからないままでもいいかなって。わからないままの方がいいかもって。なんとなく、そう思った。


「……じゃないと、そんな簡単に触らせないし」

「……え」


 今度は、スッと彼の方が視線を逸らした。……逸らされてしまった。


「ずっと、触らせておくことなんてしないし」


 逸らしたまま、彼は話を続けた。


「ずっと、触りたいなんて思わないし」


 取った手を、そっと握って。


「本当にすごいと思ってる。 いろいろいいとこたくさんあるけど、どれも誇っていいと思うけど。 ……そこは、群を抜くと思う」


【らしいところ】
 わたしのことをよく知ってる彼は、そうやってわたしを褒めてくれた。……驚いた。彼が、何の利益も無しに手ぶらで褒めるなんて。

 というのは冗談。彼が、そんなことを思ってくれていたなんて思わなかった。それにはすごく驚いたし、もちろん嬉しい。……でも。それよりも。


(逸らされちゃった……)


 先にしたのはわたし。彼の瞳が見られなくて逸らした。だから、もしかしたら『見ない方がいい』って思ったのかも知れない。……そうじゃ、ないのに。
 そんな消極的なことばかり、ぐるぐると考えてしまった。


(……言わないと)


 間違ったままにするのは、もう嫌なんだ。あとで後悔するようなこと。


「……!」


 ――もう、したくない。