「……ぶつけたのどこ?」
「おでこ」
「見せて?」
「大丈夫だって」
「じゃあ、大丈夫なら見せて?」
「……わかった」
「……前髪捲ってもいい?」
「ん」
恐らくこの下なのだろうと思って、そっとそこへと手を伸ばす。案の定、捲ったらほんの少し赤くなっていた。結構な勢いでぶつかったけど、痛みほど酷く腫れそうにはなさそうだ。これなら、わざわざ冷やすこともないだろう。
よしよしと。謝罪を込めてそっと撫でさせてもらった。
「……そういうのも、すごいところだと思う」
「え?」
……え。何が? 石頭が??
「言葉の選び方」
「……そう?」
「そう」
「そう……」
確かに、選ぶ時は選ぶ。確かな言葉を、意味を、きちんと相手に届けたい時は。
でも、今のは別に、選ぶほど意識していたわけじゃない。……それでも。褒められて嬉しくないわけがないけど。
(さすがヒナタくんっ)
わたしの喜びポイントを確実に押さえていらっしゃる。敵わないのは、わたしの方だ。
「流石にあんな言い方されたら断れないし」
「え」
「言葉って怖いよねー。時には武器にも凶器にも脅しにもなる」
「ええっ! 別に脅してたわけじゃなくて……」
「ははっ。冗談冗談」
ほんまかいな。
彼の場合、時々本気の時もあったりするからな。主に警察を呼ぶ呼ばないの時とか。
「ほんとに冗談だってば」
「……怪しい」
「本当だよ」
疑っていると、おでこを撫でていた手がパシッと取られる。急に触れられたことにも、驚いたけど。
「ほんと、じょ う だ ん、……だから」
「……う、ん」
真っ直ぐ見つめてくる瞳にも、思わず息を呑んだ。
(……ひなた、くん)
真剣な眼差し、だったせいか。さっきはすぐに逸らしてしまったのに、今度は逆に逸らせられない。
まわりから、音が消えた。世界に、二人だけしか居ないような。そんな錯覚さえ起きてしまうような空気。
居心地が悪くて、息がしづらくて、心臓がうるさくて。でも……嫌じゃなくて。ヒナタくんしか、見えなくて。
『恋は盲目』と言うけれど、今の状況がそれなんだろうか。わからないけど。
(ヒナタくん……)
そのことについては、わからないままでもいいかなって。わからないままの方がいいかもって。なんとなく、そう思った。
「……じゃないと、そんな簡単に触らせないし」
「……え」
今度は、スッと彼の方が視線を逸らした。……逸らされてしまった。
「ずっと、触らせておくことなんてしないし」
逸らしたまま、彼は話を続けた。
「ずっと、触りたいなんて思わないし」
取った手を、そっと握って。
「本当にすごいと思ってる。 いろいろいいとこたくさんあるけど、どれも誇っていいと思うけど。 ……そこは、群を抜くと思う」
【らしいところ】
わたしのことをよく知ってる彼は、そうやってわたしを褒めてくれた。……驚いた。彼が、何の利益も無しに手ぶらで褒めるなんて。
というのは冗談。彼が、そんなことを思ってくれていたなんて思わなかった。それにはすごく驚いたし、もちろん嬉しい。……でも。それよりも。
(逸らされちゃった……)
先にしたのはわたし。彼の瞳が見られなくて逸らした。だから、もしかしたら『見ない方がいい』って思ったのかも知れない。……そうじゃ、ないのに。
そんな消極的なことばかり、ぐるぐると考えてしまった。
(……言わないと)
間違ったままにするのは、もう嫌なんだ。あとで後悔するようなこと。
「……!」
――もう、したくない。



