「幸せになって欲しいんだ、ツバサくん。わたしたちの幸せは、みんなが幸せになること。そしてやっぱり、お兄ちゃんにはちゃんと幸せになって欲しいってことっ」
そう言って離れていった彼女は、花のようなかわいい笑顔を浮かべていた。
(……はは。きっつ)
そんなの、今の自分にはキツいだけだ。好きな女がこんな近くにいるのに、自分から触れにいくことさえもうできない。それにはまだ少し、時間がかかるだろうけれど。
「……俺の幸せはきっと……」
……いいや。きっとなんかじゃない。これは、絶対だ。
「お前らが幸せそうに笑ってくれてたら、絶対幸せになれるよ」
それはこれから、決して変わることなどないだろうから。
「へへ。……そっかー」
嬉しそうに笑ってくれる彼女に、最後。もう一度だけ……。
(俺がずっと、……見ててやるよ)
引き寄せた細い腕。わずかに触れた、弟と反対の場所。そこへ、最後のキスをした。
「……! つ、つばさくんっ!」
「俺は奪われるより奪う派」
きっともう、することはないだろう。だって今、こんなにも体が、心が軽いんだから。
「ま。また泣いてたら頼むわ。だからこれからは、してやるならあいつにしてやれ」
「……!!」
きっともう、俺が泣くことはないだろう。
(……そうだな)
妹がもらわれる時は。……もしかしたら泣くかもな。
「こっ、これからは我慢はなしだぞ! お兄ちゃん! 弟がどえらい心配してましたから! それではわたしはこれにて失礼! だだだだあー!!!!」
……え。ほんとに行ったし。
葵は恥ずかしかったのか、両手を広げて走って行ってしまった。
「……さんきゅ。葵」
こういうことに優劣なんてつけるもんじゃないってわかってる。
でも俺は、兄の皮を被ったまだまだ子どもだから。やっぱりちょっと、日向に悔しい気持ちがあった。あいつもまだまだ子どもだけどな。
「ははっ。早く日向にしてやれよ。絶対喜ぶから」
きっと彼女はわかっていたんだろう。だから、もう既に泣き止んだ俺にキスをくれたんだ。
「……やっべ。また泣きそう」
そんな彼女のやさしさに涙腺緩くなってしまう。けど、それはまあしょうがない。やさしいあいつが悪いんだからな。
「……そういや、なんで葵はちょっと焦ってたんだ?」
俺から離れたかった……とか言われたらものすごいショックだけど、別段そういうことではなさそうだったように思う。
(あ。……もしかして)
ちょっと思い当たることがある。恐らく、俺の困った弟が原因だろう。あいつはどうやら、葵を弄って遊ぶのが、相当好きみたいだから。
「ははっ。そうだったら大変だな。頑張れ~」
葵が去って行った廊下へ、小さな応援を飛ばして。彼女が一瞬触れてくれたこめかみを、そっと撫でる。
「……本当に、ありがとう。葵」
そしてゆっくりと瞳を閉じて、最後に見た、花のような笑顔の葵におかえりと。そう呟いて、俺は部屋へと戻ったのだった。



