すべての花へそして君へ①


「幸せになって欲しいんだ、ツバサくん。わたしたちの幸せは、みんなが幸せになること。そしてやっぱり、お兄ちゃんにはちゃんと幸せになって欲しいってことっ」


 そう言って離れていった彼女は、花のようなかわいい笑顔を浮かべていた。


(……はは。きっつ)


 そんなの、今の自分にはキツいだけだ。好きな女がこんな近くにいるのに、自分から触れにいくことさえもうできない。それにはまだ少し、時間がかかるだろうけれど。


「……俺の幸せはきっと……」


 ……いいや。きっとなんかじゃない。これは、絶対だ。


「お前らが幸せそうに笑ってくれてたら、絶対幸せになれるよ」


 それはこれから、決して変わることなどないだろうから。


「へへ。……そっかー」


 嬉しそうに笑ってくれる彼女に、最後。もう一度だけ……。


(俺がずっと、……見ててやるよ)


 引き寄せた細い腕。わずかに触れた、弟と反対の場所。そこへ、最後のキスをした。


「……! つ、つばさくんっ!」

「俺は奪われるより奪う派」


 きっともう、することはないだろう。だって今、こんなにも体が、心が軽いんだから。


「ま。また泣いてたら頼むわ。だからこれからは、してやるならあいつにしてやれ」

「……!!」


 きっともう、俺が泣くことはないだろう。


(……そうだな)


 ()がもらわれる時は。……もしかしたら泣くかもな。


「こっ、これからは我慢はなしだぞ! お兄ちゃん! 弟がどえらい心配してましたから! それではわたしはこれにて失礼! だだだだあー!!!!」


 ……え。ほんとに行ったし。
 葵は恥ずかしかったのか、両手を広げて走って行ってしまった。


「……さんきゅ。葵」


 こういうことに優劣なんてつけるもんじゃないってわかってる。
 でも俺は、兄の皮を被ったまだまだ子どもだから。やっぱりちょっと、日向に悔しい気持ちがあった。あいつもまだまだ子どもだけどな。


「ははっ。早く日向にしてやれよ。絶対喜ぶから」


 きっと彼女はわかっていたんだろう。だから、もう既に泣き止んだ俺にキスをくれたんだ。


「……やっべ。また泣きそう」


 そんな彼女のやさしさに涙腺緩くなってしまう。けど、それはまあしょうがない。やさしいあいつが悪いんだからな。


「……そういや、なんで葵はちょっと焦ってたんだ?」


 俺から離れたかった……とか言われたらものすごいショックだけど、別段そういうことではなさそうだったように思う。


(あ。……もしかして)


 ちょっと思い当たることがある。恐らく、俺の困った弟が原因だろう。あいつはどうやら、葵を弄って遊ぶのが、相当好きみたいだから。


「ははっ。そうだったら大変だな。頑張れ~」


 葵が去って行った廊下へ、小さな応援を飛ばして。彼女が一瞬触れてくれたこめかみを、そっと撫でる。


「……本当に、ありがとう。葵」


 そしてゆっくりと瞳を閉じて、最後に見た、花のような笑顔の葵におかえりと。そう呟いて、俺は部屋へと戻ったのだった。