「……あおい?」
「ん? ……どうしたの? ツバサくん」
小さく名前を呼んで、近くの床をトントンと叩く。
「こっち。……こっち、きて?」
「え? ……う、ん。……どうしたの?」
日向との内緒話のせいでちょっと離れてたから。さっきと同じ距離まで戻ってきてくれた葵の手を、そっと取る。
「ありがと、あおい」
「……つばさくん」
目を伏せると、きっと最後の一滴が零れていく。それにそっと伸びてきた手は、少しくすぐったかった。
「きらいになった? 俺のこと」
「ううん。なるわけないじゃん」
「最低なこと、言ったのに?」
「……大丈夫だよ? ツバサくん」
そう言う葵はきっと、俺がちゃんとわかっていることも、わかってる。ただ、本当に子どもみたいな我が儘が、出てきただけなんだって。
「吐いてくれて、教えてくれて嬉しかった」と言ってくれる葵に、もう一度感謝を零しながら……そっと。手を持ち上げた指先にキスを落とした。
「……つばさ、くん」
「……なあ葵。もう一回、言っていい? 今は、ちゃんと言えるから」
もう片方の手も包み込みながら、涙で少し腫れて重い目を、彼女に真っ直ぐに向ける。
「葵も日向も、よく見てるから、俺の気持ちとかには気付いてたんだろ?」
一瞬だけ目を見開いた彼女はすぐに、少し困ったように笑った。勘の鋭さに助けられることは多々あるけど、隠しておきたいものまでバレるのは、ちょっと考え物だな。
……まあでも、今回はわかってくれてたからこそ、もう一回俺のとこに来てくれたんだ。今は、感謝するほかない。
「たださ、振られて傷付くのが嫌だったんだ。怖かったんだ。だから葵から返事は聞きたくなかった」
「……うん」
「それから、終わらせたかったんだ。俺は兄貴だからっていうのももちろんあったけど、二人が幸せな姿、見てたかったのもほんとだから」
「……。うん」
「ただな、やっぱり悔しかったのはあるんだ。昔から会ってたんならスタートはもちろん違うし。……でも、こういうことに時間って関係ないよな。だからさっきのは、ただの八つ当たり」
「……」
「女の姿になってたって関係ねえよな。当たって悪かった」
「……。ううん。つばさくん。わるく、ない。から……」
「え。……葵」



