すべての花へそして君へ①

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「ちょっと耳貸して」

「え?」


 葵は日向にそう言われて、何かを耳打ちされていた。


(奪ってみろ、か……)


 奪うつもりは毛頭ない。これは本当だ。ただの、俺の我が儘なんだ。まだ、やっぱり好きでいたいっていう。


(……いつの間に、そんなにかっこよくなったのか)


 兄の自分でさえ、そんな弟は知らなかった。でも、そんな弟の成長が垣間見えて、嬉しかった。


「え? どういうこと?」

「っ、だからさ」


 目の前でいちゃついてやがる。
 でも、なんていうか。……やっぱりちょっと、気が楽になった。


(葵に『言え』って言ってたのは、俺の方なのにな)


 つらいことがあるなら言ってこいと。何も聞かないでやるからいつでも来いと。……そう言ってた自分が今、溢れに溢れ、大爆発した。


(……受け止めてくれた。こんな……汚い俺の想い)


 受け止めてくれるんだろうと思ってたけど。葵にだけは、絶対に言いたくなかった。汚い汚い。ただの、酷い嫉妬。


(あー。……ほんと。マジかっこいいな)


 ほんと、自分が情けなくてしょうがない。
 わかってる。葵が、どうして日向を選んだのかってことくらい。ずっとわかってた。どれだけ日向が、葵のことを好いていたのかも。……それを、ずっとずっと隠していたことも。


(……だからさ、うれしいんだ、おれは)


 そう思ったらまた、勝手に涙が溢れて、止まらなくなった。


「……! つばさくん……」


 拭うことはしなかった。でも、やっとちゃんと見ることができた。
 葵の顔、日向の顔。……ちゃんと見られてる。ちゃんと俺、心から笑えてる。


「はあ。……それじゃ、後は頼んだ」

「……! ひっ、ひなたくんっ!」


 葵のこめかみ付近にキスを落とした日向は、しれっと立ち上がって後ろ手に手を振り、さっさと立ち去っていった。
 ……なんか今、あいつが何やってもかっこよく見える。悔しいけど……ま。いっか。今だけは。

「もぉおお!」と顔を真っ赤にしながら葵は、日向の背中に牛のような唸り声を投げ飛ばしていた。日向は日向で、聞こえてるくせに完全無視でさっさと廊下から姿を消したけど。


「ははっ。……仲、いいのな、お前ら」


 言葉はないのに、なんでも解ってるような。どこか通じ合ってる二人にちょっとだけ妬けるけど、やっぱり嬉しい気持ちが勝った。


「つばさくん……。ああいうのはどうにかなりませんかね……」

「はは。無理に決まってるだろ? 俺の弟だし」

「そ、そうっすね……」


 残念ながら、それは無理な相談だ。それに、俺が言ったところでどうにかなる問題じゃないだろ。一番効くのは、お前が言った言葉だってのに。