「おい、クソ兄貴」
「――!!!!」
(ひっ、ひなたくんっ!?)
黙ってると思ったのに……! そんなことを言い出したからわたしも驚いたけど、それ以上に兄ちゃんが驚いて、今まで以上に腰に抱きついてきました。
「お。折れるー……」
「あ。わ、わりぃ」
顔を上げたツバサくんはというと、申し訳なさそうに眉尻が下がっていて。涙の跡はなかったが、まつげが濡れ、目は赤く少し腫れていた。
「……! わ、悪い!」
そのあと、わたしのお腹らの方を見てもう一度驚いたあと、一生懸命そこを拭き始める。
「だ、大丈夫だよツバサくん! 白いから目立たないし!」
「わ。わるい」
「……つばさくん」
その『悪い』は、決して染みのことを言ってるわけじゃない。それは、十分伝わってきた。
「はあ。……あのさ、ツバサ。オレが言うのもどうかと思うんだけどさ」
頭をガシガシ掻きながら、大きくため息を落として、ヒナタくんも座り込んでくる。
「そういうのはさ、兄貴だからって我慢することじゃないでしょ」
「ひ、なた……」
「どうしたの。この間までこいつにがっついてたじゃん。それでいいんじゃないの?」
「え。ひなたくん?」
ちょっと待てちょっと待て。わたしの意見丸無視ですか。
でも、彼は至って真剣だった。
「――奪ってみろよ、ツバサ。奪えるもんなら」
そう言いながら彼は、ゴンッと強めに兄の肩へと拳を入れる。彼から出た言葉に、低い声色に。目を見開くことしかできなかった。
鋭い瞳と雰囲気にゾクリと震えると同時、時が止まったような錯覚に陥る。
それが、どれくらい続いたのかわからないくらい。今、彼の放つ空気に、わたしたちは飲み込まれていた。
「……ま。まだオレは彼氏有力候補なだけだし。奪うも何もないけどねー」
ふっと彼が空気を緩めると、そこでちゃんと、息もできるような気さえした。
「ひ、なた……?」
さっきのは、本当に彼だったのかと疑いたくなる気持ちもわかる。
(でも、……わたし、知ってる)
時々彼の雰囲気が、ごろっと変わる時があることを……。



