すべての花へそして君へ①


「おい、クソ兄貴」

「――!!!!」

(ひっ、ひなたくんっ!?)


 黙ってると思ったのに……! そんなことを言い出したからわたしも驚いたけど、それ以上に兄ちゃんが驚いて、今まで以上に腰に抱きついてきました。


「お。折れるー……」

「あ。わ、わりぃ」


 顔を上げたツバサくんはというと、申し訳なさそうに眉尻が下がっていて。涙の跡はなかったが、まつげが濡れ、目は赤く少し腫れていた。


「……! わ、悪い!」


 そのあと、わたしのお腹らの方を見てもう一度驚いたあと、一生懸命そこを拭き始める。


「だ、大丈夫だよツバサくん! 白いから目立たないし!」

「わ。わるい」

「……つばさくん」


 その『悪い』は、決して染みのことを言ってるわけじゃない。それは、十分伝わってきた。


「はあ。……あのさ、ツバサ。オレが言うのもどうかと思うんだけどさ」


 頭をガシガシ掻きながら、大きくため息を落として、ヒナタくんも座り込んでくる。


「そういうのはさ、兄貴だからって我慢することじゃないでしょ」

「ひ、なた……」

「どうしたの。この間までこいつにがっついてたじゃん。それでいいんじゃないの?」

「え。ひなたくん?」


 ちょっと待てちょっと待て。わたしの意見丸無視ですか。
 でも、彼は至って真剣だった。


「――奪ってみろよ、ツバサ。奪えるもんなら」


 そう言いながら彼は、ゴンッと強めに兄の肩へと拳を入れる。彼から出た言葉に、低い声色に。目を見開くことしかできなかった。
 鋭い瞳と雰囲気にゾクリと震えると同時、時が止まったような錯覚に陥る。
 それが、どれくらい続いたのかわからないくらい。今、彼の放つ空気に、わたしたちは飲み込まれていた。


「……ま。まだオレは彼氏有力候補なだけだし。奪うも何もないけどねー」


 ふっと彼が空気を緩めると、そこでちゃんと、息もできるような気さえした。


「ひ、なた……?」


 さっきのは、本当に彼だったのかと疑いたくなる気持ちもわかる。


(でも、……わたし、知ってる)


 時々彼の雰囲気が、ごろっと変わる時があることを……。