すべての花へそして君へ①


「……なんで」

「ん? ……ツバサくんが、大好きだからだよ」

「っ、それは、……今は、きつい……」

「……そっか。それはすまない」


 違う。謝って欲しくて、言ったわけじゃなくて。


「つばさ、くん?」


 撫でている手を取って。泣いた跡も気にしないでゆっくりと顔を上げると、俺の涙を見て、瞳に映る俺が少しだけ揺れた。


「ちが、う……んだ」


 謝らないといけないのは、俺の方。葵を、不安にさせたくなんかなくて。そんなつもりは全然なくて。


「……うん。言ってみて? 教えて?」


 涙の跡を拭ってくれる手が震えていて。そのやさしさにまた、新しい涙が流れ落ちる。


「むり、なんだ……。あおい」

「うん」

「むり……。っ、なんだ」

「うん」


 言葉にする度、涙が溜まった。瞬きすれば、それが落ちた。


「……っ」

「……つばさくん」


 でも、何度口を開けてもやっぱり言えなくて。悔しくて顔が歪んだ。


(こんなこと……言ってなんになる……)


 言おうと思って飛び出したはずだった。でも、本人を目の前にしたら言えなくなった。
 こんなドロドロの気持ち、言ったってこいつが困るだけじゃないか。困らせたいわけじゃないんだ。

 ……ただ、扉を開ける前と今とじゃ……――あふれる。

 言いたいことは決まってたんだ。『だった』じゃないって。『まだ』なんだって。
 無理矢理過去になんてできるもんか。今も、これからも、ずっと。まだ、好きでいさせてくれと。それだけを言うつもりだっただけだ。

 ……っ、なのにっ……。


「教えて? ツバサくん」

「……っ! あおいっ。はなれ……っ」


 隠すように、抱き締められた。


「誰も聞いてないよ? 我慢、しないで」


 まるで、子どもをあやすように。


「大丈夫。大丈夫だ。いいんだよ、もう」


 撫でる手がやさしくて。また……零れる。


「い。やだっ。言いたく、ない」

「なんで?」


 やさしい声に、あたたかい腕の中に。何度も何度も涙が溢れる。


「俺は……。困らせたかっ……。っ……わけじゃ。な、くて」

「うん。わかってる。ツバサくんがやさしいのは、十分知ってる」


「だから、言ってみて?」と。「教えて欲しいんだ」と。やさしい腕の力が、逃してはくれなかった。


「……。っ、あおいっ」


 遠くに投げたはずの鍵。見つかってはいけなかった、俺の感情を隠していた箱の鍵。なのにこいつは、ひとつ残らずそれを拾ってきて……。
 あたたかかった。やさしかった。錠を、ひとつずつ外していく手が、腕が、言葉が。
 最後が来るのが怖くて。重い鎖も、解かれてしまうのが、怖くて。――でも、逆らえなくて。

 降ってくる『大丈夫』が、俺をどんどん暴いていって。