すべての花へそして君へ①


 ……バタン。静かに扉が閉まる。
 閉まってもなお、動けなかった。


「……逃げない? 嘘つけ。思いっきり逃げてるだろ」


 閉まった扉に頭をつける。ほんと、こんな自分が情けなさ過ぎてしょうがない。


「はは……。ほんと、さいてー……」


 真っ直ぐ向かってくるあいつに、向き合えなかった。嘘をついて、逃げて逃げて……。
 また明日? どうせ明日も逃げるくせに。そうやってずっと……俺は逃げるのか。この気持ちが、治まることがないのなら……。


「葵にあんな顔、させちまった……」


 申し訳なさそうだった。もしかしたら、俺の嘘に気が付いたのかも知れない。
 ……いいや、嘘じゃない。寝ようとはしてたんだ。だから、本当のことだ。ほんとう、なんだ。


「……。っ、ごめん……。あおい。……俺は。最低野郎だっ……」


 葵の返事からも逃げて。葵自身からも逃げて。逃げて……。逃げて逃げて逃げて。
 最後に抱き締めた腕の中。上手く、笑えなかった。いろんな気持ちが混ざって。混ざりすぎて。グチャグチャで。

 そんな俺に、不安そうに手を伸ばす葵からも逃げ――――


「……ふ、あん……?」


 なんであの時、葵は不安そうだったんだ。


(俺が、……上手く笑えなかったから?)


 それはもしかしたらあるかも知れない。あいつはやさしい奴だから。


「……だったらなんで今、部屋に入ろうとしてた俺を……」


 わざわざ大きな声を出して、引き止めたりなんてしたんだ。



「――……っ!」


 好きがわからないと言っていた。でも、あいつは弟を好きになった。
 今までも、たくさんの奴から好きを向けられた葵。それに、今できる返事をきちんとしてた葵。


(……そんなやさしいあいつが)


 未来が変わった葵が、俺らにしようとしてることなんて……。


「そんなの、俺らのために決まってんだろっ」


 わかってた。頭のどこかでは、ちゃんとわかってたはずなのに。


(あいつはただ、俺らの想いへ返事をするんじゃないっ)


 ちゃんと、俺らが進めるように。だから、俺に返事を一生懸命してくれようとしてたのに。


(俺は、……困らせたかったわけじゃないんだ)


 ただ、わかっている答えを言葉にされるのが怖かったんだ。
 これで終わり――って。そう線を引かれることから、俺が逃げたんだ。


(言わないと。今すぐに)


 伝えないと。俺の想いを。きちんと。


(あいつが何よりも嫌うのは、隠すことじゃないか)


 それで困るならそれでいいじゃないか。葵なら、こんな俺の想いなんか受け止めてくれるに決まってるじゃないか。馬鹿野郎。


(だから俺が、受け止めないと)


 葵の想いを。受け止めてやらないと。
 じゃないと、今度はあいつが進めないっ――!


 今まで動かなかったのが嘘のように。弾かれるように勢いよくノブを捻って、俺はもう一度扉を開けた。