……バタン。静かに扉が閉まる。
閉まってもなお、動けなかった。
「……逃げない? 嘘つけ。思いっきり逃げてるだろ」
閉まった扉に頭をつける。ほんと、こんな自分が情けなさ過ぎてしょうがない。
「はは……。ほんと、さいてー……」
真っ直ぐ向かってくるあいつに、向き合えなかった。嘘をついて、逃げて逃げて……。
また明日? どうせ明日も逃げるくせに。そうやってずっと……俺は逃げるのか。この気持ちが、治まることがないのなら……。
「葵にあんな顔、させちまった……」
申し訳なさそうだった。もしかしたら、俺の嘘に気が付いたのかも知れない。
……いいや、嘘じゃない。寝ようとはしてたんだ。だから、本当のことだ。ほんとう、なんだ。
「……。っ、ごめん……。あおい。……俺は。最低野郎だっ……」
葵の返事からも逃げて。葵自身からも逃げて。逃げて……。逃げて逃げて逃げて。
最後に抱き締めた腕の中。上手く、笑えなかった。いろんな気持ちが混ざって。混ざりすぎて。グチャグチャで。
そんな俺に、不安そうに手を伸ばす葵からも逃げ――――
「……ふ、あん……?」
なんであの時、葵は不安そうだったんだ。
(俺が、……上手く笑えなかったから?)
それはもしかしたらあるかも知れない。あいつはやさしい奴だから。
「……だったらなんで今、部屋に入ろうとしてた俺を……」
わざわざ大きな声を出して、引き止めたりなんてしたんだ。
「――……っ!」
好きがわからないと言っていた。でも、あいつは弟を好きになった。
今までも、たくさんの奴から好きを向けられた葵。それに、今できる返事をきちんとしてた葵。
(……そんなやさしいあいつが)
未来が変わった葵が、俺らにしようとしてることなんて……。
「そんなの、俺らのために決まってんだろっ」
わかってた。頭のどこかでは、ちゃんとわかってたはずなのに。
(あいつはただ、俺らの想いへ返事をするんじゃないっ)
ちゃんと、俺らが進めるように。だから、俺に返事を一生懸命してくれようとしてたのに。
(俺は、……困らせたかったわけじゃないんだ)
ただ、わかっている答えを言葉にされるのが怖かったんだ。
これで終わり――って。そう線を引かれることから、俺が逃げたんだ。
(言わないと。今すぐに)
伝えないと。俺の想いを。きちんと。
(あいつが何よりも嫌うのは、隠すことじゃないか)
それで困るならそれでいいじゃないか。葵なら、こんな俺の想いなんか受け止めてくれるに決まってるじゃないか。馬鹿野郎。
(だから俺が、受け止めないと)
葵の想いを。受け止めてやらないと。
じゃないと、今度はあいつが進めないっ――!
今まで動かなかったのが嘘のように。弾かれるように勢いよくノブを捻って、俺はもう一度扉を開けた。



