すべての花へそして君へ①


 ――ガンッ!!!!


「な、何故……、に、逃げるのだ……」

「い、いや。条件反射……だ」


 人間誰しも危機感を覚えれば、それ相応の対応をするだろ。その対応が、今回は逃亡だっただけだ。


「に……、逃げ。なくても……」

「……いや、葵。普通に声かけてくれたら逃げねえよ」


 ――……本当に?

 目の前のこいつは、どこから走ってきたのか。頭を下げながら、息を整えていた。だからこいつが、俺の回答に()()()()()のかは、よくわからない。
 ……いや。きっと、俺の中から出てきた言葉だ。だって――。


「……葵。俺、今日はもう眠いからさ、寝ようと思うんだ」


 出てくるのは、そんな言葉。


「……だから、さ。用ならまた明日に……」


 そう言ってる時点で、それはもう“逃げ”じゃないのか……?


(……こいつが普通に声かけてきてたら、どうしてた)


 あんなことを言ったけど、恐らくは聞こえなかった振りをして逃げた。
 今は。今だけは。こいつには。こいつにだけは。……会いたく、なかったから。


「そ、そっか。……ごめんね?」

「……いや」


 申し訳なさそうにそう言うこいつに、ちょっと驚いた。
 ……引かれるとは、思ってなかった。いつものこいつなら、食い下がってくるんじゃないかと思ってたから。


「こっちこそ……ごめん」


 折角呼び止めてくれたのに。俺に、話しかけてくれたのに……。


(……ダメなんだ)


 何度、言い聞かせても。俺はもう、見守る側だって。頭ではわかってても。
 二人の幸せが自分の幸せだ。だから……もう。全部、気のせいなんだ。

 こいつを見て、手が伸びそうになるのも。抱き締めたくなるなんてのも。胸が苦しくなるのなんてのも。……以ての外、なのに。


「え? なんでツバサくんが謝るの? こっちこそごめんね。邪魔しちゃって」

「……いや。……悪い」

「……ううん。それじゃあまた明日ね?」


 ごめんと。悪いと。……俺は、さっきから一体何に対して言ってるんだ。


「おやすみっ」

「あ、ああ……。お、……おやす、み」


 体が動かなかった。
 だから俺は、わかっている自問に答えないまま、葵が手を振りながら閉めているその扉を、ただ見つめていた。