――ガンッ!!!!
「な、何故……、に、逃げるのだ……」
「い、いや。条件反射……だ」
人間誰しも危機感を覚えれば、それ相応の対応をするだろ。その対応が、今回は逃亡だっただけだ。
「に……、逃げ。なくても……」
「……いや、葵。普通に声かけてくれたら逃げねえよ」
――……本当に?
目の前のこいつは、どこから走ってきたのか。頭を下げながら、息を整えていた。だからこいつが、俺の回答にそう思ったのかは、よくわからない。
……いや。きっと、俺の中から出てきた言葉だ。だって――。
「……葵。俺、今日はもう眠いからさ、寝ようと思うんだ」
出てくるのは、そんな言葉。
「……だから、さ。用ならまた明日に……」
そう言ってる時点で、それはもう“逃げ”じゃないのか……?
(……こいつが普通に声かけてきてたら、どうしてた)
あんなことを言ったけど、恐らくは聞こえなかった振りをして逃げた。
今は。今だけは。こいつには。こいつにだけは。……会いたく、なかったから。
「そ、そっか。……ごめんね?」
「……いや」
申し訳なさそうにそう言うこいつに、ちょっと驚いた。
……引かれるとは、思ってなかった。いつものこいつなら、食い下がってくるんじゃないかと思ってたから。
「こっちこそ……ごめん」
折角呼び止めてくれたのに。俺に、話しかけてくれたのに……。
(……ダメなんだ)
何度、言い聞かせても。俺はもう、見守る側だって。頭ではわかってても。
二人の幸せが自分の幸せだ。だから……もう。全部、気のせいなんだ。
こいつを見て、手が伸びそうになるのも。抱き締めたくなるなんてのも。胸が苦しくなるのなんてのも。……以ての外、なのに。
「え? なんでツバサくんが謝るの? こっちこそごめんね。邪魔しちゃって」
「……いや。……悪い」
「……ううん。それじゃあまた明日ね?」
ごめんと。悪いと。……俺は、さっきから一体何に対して言ってるんだ。
「おやすみっ」
「あ、ああ……。お、……おやす、み」
体が動かなかった。
だから俺は、わかっている自問に答えないまま、葵が手を振りながら閉めているその扉を、ただ見つめていた。



