すべての花へそして君へ①


 カードの意味がわかったら、先にわたしと話をするようにっていうのが、シントの作ったルールなんだっけ? 元は。ヒナタくんがさっさと、トーマさんよりも酷い反則技使ったから元のをすっかり忘れてたや。


「でも、そのことは一旦保留にしてって言われたんだ」

「……まあ、そうなりますよね」

「そうそう。それに、そのあとすぐ日向から『5月に入ったら今日までは空けとけ』とか連絡が来てさ。二人して何かしてるんだろうなとは思ってたんだ」


 ――でも、自分は結局何もできなかった。それが今、悔しいんだと。
 彼は言葉通りの表情をしていた。


「何もだなんてそんな。……だって、トーマさんは」


 言いかけたわたしの口を、そっと指ひとつで彼は止めた。それだけで『わかってる』と。『言わせてくれる?』と伝わってきて。わたしは出かけた言葉を飲み込んだ。


「……だからね? 君が二重人格者なのかも知れないってこと、その時初めて知ったんだ。それから、それが嫌だってことも。助けて欲しいってことも」


 悔しそうに、苦しそうに話す彼を真っ直ぐ見られなくて俯いた頭に、やさしい重みが来る。


「……そして、こんなやり方でしか助けを求められなかった君も」


 それが彼の大きな手だとわかった時には、もうわたしの頭の後ろへ移動していて……。


「……いつも、時間と恐怖が付き纏っていた君も」


 ああ。頭を撫でてくれたのかと。理解した時にはもう、流れるように腕の中。彼はわたしを、キツくキツく抱き締めた。


「……っ。と、とーまさ」

「ごめん」


 聞こえたのは、掠れた声。


「……と、まさ」

「ごめん。ごめんね、葵ちゃん」


 腕の力が強くなる。苦しいけれど、そうしている彼の方が、よほど苦しそうだった。


「……とーま。さん」

「怖かったね。苦しかったね。つらかったね」


 微かに届くのは、今にも泣きそうな彼の声。何か言おうとしても、すぐにそうやって被せられた。


「悔しいんだ。君を……、俺が助けてやれなかったことももちろん。日向に取られたこともそうだけど。……何よりも、そんな現状に置かれてる君に。早く気付いてやることなんてできなくて……。……っ」


 ――悔しかったんだっ。


 今まで自分にできないことなんてないんだと。前に彼はそう言っていた。……今さっきも似たようなこと言われたけれど。


「気付いてあげられなくて……。ごめん」

(とーまさん……)


 こればかりはどうしようもない。それだけ厳重にされていたんだ。わたしが、……頑固だったせいなんだ。
 ……そう言ったところで彼はきっと、どうやったって自分を責めることはやめないんだろう。


「許しません」


 ――だったらもう、そう言うしかないじゃないか。


「ご……、めん」

「許しませんっ。トーマさん」


 少しだけ、腕の力が弱まった。きっと、声色でわかってくれたんだ。


「……葵ちゃん」

「もう『ごめん』って言ったら許しませんよ?」


 だって、言う必要なんてないんだから。こんなにも幸せなのは、決して一人の力ではないんだ。


「聞いてて? トーマさん。『聞いて』ください」