――カチッ。
……いたのは、もしかしたら気のせいだったのかも知れない。
「ねえ。『あ~ん』って言ってみて?」
今、なんかスイッチが入った音が聞こえたんですけど。
彼の顔をよくよく見てみると、ものすご~く意地悪な顔で笑っていた。さっきの嬉しそうな顔はどこへ行ったんだ。
「あ、あ~……ん?」
「もっとおねだりしてる感じで」
めちゃくちゃ楽しそうなんですけど、一人。しかも、さっきの『お兄ちゃんとお呼び』って言ってたツバサくんと若干似てるんですけど。流石は兄弟……。
「ひっ、ひなたくん……」
「ん? なにかな、あおいちゃん」
どうやらさっきのはいじわるスイッチだったみたいだ。完全にONになっていらっしゃる。ちゃん付きだから、多分そうだ。
「……そりゃ、“ちゃん”でも呼ばれること自体嬉しいけど」
「ん?」
ヒナタくん、だいぶ言ってくれるようになったけど。
「……モミジさんの名前は普通に言うのに」
「え? モミジ?」
ほら。キサちゃんもユズちゃんも、ヒナタくんは普通に言うのに。……わたしの名前も、これからいっぱい呼んでもらいたいな。
「……? どうかした?」
「ううん。どうもしないよ?」
彼への想いを自覚する前から、しょっちゅうあった。綺麗じゃない、ちょっとだけ醜い気持ち。
このモヤモヤを、嫉妬っていうんだと思う。流石のわたしでも、それはわかる。
「……ほんとに?」
「うんっ。ほんとほんと。大したことじゃないし、これから気長にお待ち申し上げている所存です」
「は?」
でも、ずっと思ってた。別に、キサちゃんが悪いわけじゃないんだけど、ただわたしが勝手にいいなって。羨ましいなって思ってただけ。
キサちゃんと一緒に歩いている時、いっつも笑顔だったなとか。腕を組んで歩いてたり、キサちゃんには触ってたりしてたから、……いいなって思ったりとか。
(キサちゃんが好きなのはキク先生だけど、……楽しそうなヒナタくん見るの、ちょっと嫌だったな)
見るの嫌なくせに、なんでか見ちゃうんだけど。負の連鎖だ。嫉妬って恐ろしい。



