――オレは今、『これから』を始めるために黒にしたんだ。
「……言ったじゃん。置いていかれるって」
「わたしは、置いていこうなんて……」
「じゃあ、言い方を変えるけど」
彼は額をそっと外して、わたしの手を自分の頬につけた。握ってくれた手も、触れたほっぺたも、向けられた瞳も……熱くて。その熱が、どんどん鼓動を速めた。
「あおいは今、何をしようとして苦しんだの」
「……え」
「オレと『これから』をはじめようとしたからじゃないの」
「……ひな」
「違う? オレの自惚れ?」
「……ちがわない」
わたしにとって、みんなは大事な人たちだ。大好きなのに、変わりはない。……でも、そのままじゃみんなもヒナタくんも、わたしも進めないと思ったから。
「ごめん。思い出させた」
「えっ」
「せっかく話逸らしてあげたのにね。ごめんごめん。あとでツバサはオレがしばいておくから」
申し訳なさそうに、わたしの頬へと手を伸ばしたヒナタくんには、きっと冗談で言ったんだろうけど一応「ダメ」と言っておく。
「……正直、もうオレはやめて欲しいよ」
「え? な、んで……」
「そういう意味で言ったんじゃない。……しんどそうなあおいをオレが見たくないから、オレがみんなにハッキリ言ってやりたいって言ってるの」
「……!」
「みんなももうわかってるんだから、オレはそれでいいと思う。そうすれば手っ取り早く予約が受け取れるわけだし」
「ひなたくん……」
最後はちょっと、ガクッとなったけど、彼が冗談で言ってないことくらいはわかった。
でも、それじゃあダメなんだ。
「ひなたくん。わたしは……」
わたしはちゃんと、みんなに言いたい言葉があるから。
「わかってる。今のはオレの希望だから。そうじゃなくて、今はオレが黒にした話でしょ?」
やさしく笑ったヒナタくんは、ただこう言った。「ただ、待ってるだけは嫌だったんだ」と。
「でもヒナタくん、その髪はただ待ってるだけだったんだよね?」
「人の揚げ足を取らないでください」
「ははっ。ごめんなひゃーい」
頬を抓む指がやさしくて……嬉しくて。飛びついてしまいそうになるのを、ちょっと堪えた。
「でもね? やっぱりヒナタくん変わったよ」
見た目は、今までもかっこよかったけど、それとはまた違う雰囲気でとってもかっこよくなった。でも、中身も変わったと思う。
「ちょっと壊れてたし」
「そんな変わり方したくない」
「ちょっとかわいかったし」
「男はかわいいって言われても嬉しくない」
「ちょっと甘えたさんだったし」
「まあ素だったからね」
「え」
「それで? どうしてツバサの顔に手を伸ばしたの?」
「話変えるの下手だね」
「うるさい」
「照れたんだ」
「別に照れてない。ほんとのことだし」
「そ、そうですか……」
「それで?」
「ん? ……ああ、ツバサくんは」



