すべての花へそして君へ①


「つばにい……って。いきなりどうしたの」

「ん? ツバサくんが、言ってみてって、さっき言ってたから」


 その場に残ったわたしたちは、ツバサくんを見送ったあと、そんな会話をしていた。


「え。つ、ツバサ、オカマの次はそっちの気が……」

「ちょっと遊んだだけってそう言ってたけど。……やっぱりお兄ちゃんなんだなって思った」


 廊下の壁にそっともたれ掛かり、小さく息を吐きながら突き当たりの窓から大きな月を見上げる。


「……どうしてそう思ったの」


 その隣に寄り掛かってきて、彼も同じく月を見上げている。


「……我慢するの、上手だなって思って」

「……そうだね」


 ハルナさんのことに関してももちろんそうだろう。彼だってつらかったはずだ。悲しかったはずだ。悔しかったはずだ。
 でもそれよりも弟のことを心配し、彼女の存在を消そうとする父に、弟を消す母に、苦しい思いをたくさんしてきた。

 ……きっと彼は、一人で悩んで苦しんで、我慢するのが上手になってしまったんだ。それはきっと、気持ちに対しても。


「……いいな。お兄ちゃん」

「でしょ。あげないけど」


 そんなことを言ってくるかわいい彼に、クスッと笑みが零れる。


「ツバサくんも、時々甘やかしてやりたいなって思うんですけど、そこんとこどう思いますかー? 彼氏有力候補さんっ」

「有力……」

「だ、ダメかな、やっぱり。嫌……だよね」

「有力って言葉が付くだけで、ものすごくほっとする」

「え」

「いや。こっちの話」


 一体なんの話なのか。気にはなったけど、未だに彼の方を見ることができなかったから聞き返せなかった。まあ、聞かない方がよさそうだからそのままにしておこう。


「まあ、彼氏の立場からしてみたら、他の男よりも自分に構って欲しいけど」

「で、ですよね。すみません……」

「でもオレも、いろいろツバサに支えてもらってきたことあったから。ちょっとだけなら……我が儘聞いてやらなくもないよ」


 ――まあそれも、あんたのこと以外に関してだったら、だけど。

 そう呟かれた言葉と一緒に、そっと指先に何かが触れた。と思ったら、あっという間に自分より少し低い体温に絡め取られ、体が緊張でピシッと強張る。そんなわたしに、今度は彼からクスッと意地悪な笑いが漏れた。


「初めてじゃないのに。さっきだってしたじゃん」

「だ、だって……」


 指の間から伝わる熱に。いつも以上に、分け合う体温に。大人っぽくてかっこよくて、色っぽくなったヒナタくんに。さっき以上に緊張しないわけないじゃないか。いじわる。