「つばにい……って。いきなりどうしたの」
「ん? ツバサくんが、言ってみてって、さっき言ってたから」
その場に残ったわたしたちは、ツバサくんを見送ったあと、そんな会話をしていた。
「え。つ、ツバサ、オカマの次はそっちの気が……」
「ちょっと遊んだだけってそう言ってたけど。……やっぱりお兄ちゃんなんだなって思った」
廊下の壁にそっともたれ掛かり、小さく息を吐きながら突き当たりの窓から大きな月を見上げる。
「……どうしてそう思ったの」
その隣に寄り掛かってきて、彼も同じく月を見上げている。
「……我慢するの、上手だなって思って」
「……そうだね」
ハルナさんのことに関してももちろんそうだろう。彼だってつらかったはずだ。悲しかったはずだ。悔しかったはずだ。
でもそれよりも弟のことを心配し、彼女の存在を消そうとする父に、弟を消す母に、苦しい思いをたくさんしてきた。
……きっと彼は、一人で悩んで苦しんで、我慢するのが上手になってしまったんだ。それはきっと、気持ちに対しても。
「……いいな。お兄ちゃん」
「でしょ。あげないけど」
そんなことを言ってくるかわいい彼に、クスッと笑みが零れる。
「ツバサくんも、時々甘やかしてやりたいなって思うんですけど、そこんとこどう思いますかー? 彼氏有力候補さんっ」
「有力……」
「だ、ダメかな、やっぱり。嫌……だよね」
「有力って言葉が付くだけで、ものすごくほっとする」
「え」
「いや。こっちの話」
一体なんの話なのか。気にはなったけど、未だに彼の方を見ることができなかったから聞き返せなかった。まあ、聞かない方がよさそうだからそのままにしておこう。
「まあ、彼氏の立場からしてみたら、他の男よりも自分に構って欲しいけど」
「で、ですよね。すみません……」
「でもオレも、いろいろツバサに支えてもらってきたことあったから。ちょっとだけなら……我が儘聞いてやらなくもないよ」
――まあそれも、あんたのこと以外に関してだったら、だけど。
そう呟かれた言葉と一緒に、そっと指先に何かが触れた。と思ったら、あっという間に自分より少し低い体温に絡め取られ、体が緊張でピシッと強張る。そんなわたしに、今度は彼からクスッと意地悪な笑いが漏れた。
「初めてじゃないのに。さっきだってしたじゃん」
「だ、だって……」
指の間から伝わる熱に。いつも以上に、分け合う体温に。大人っぽくてかっこよくて、色っぽくなったヒナタくんに。さっき以上に緊張しないわけないじゃないか。いじわる。



