「さっき、別に嫌じゃないって言ったじゃん」
「うん。言ったね」
「だから、嫌じゃないっていうのはわかってたよ?」
「ふむふむ」
「ただ、……嫌なことは、したくない」
……矛盾しとるがな。
「嫌がることは、……もう、したくない」
(ヒナタくん……)
だから、嫌がってないってばよ。
(……ふう)
彼の中で、わたしを傷付けようとしていたこと。それが、許せないんだ。
(もういいよって、ありがとうって、言ったんだけどな)
きっと、一生無理なんだろうな。それがあったから、今あなたの隣に立てているんですけど。
まあわからないなら、また何度でも言ってあげるさ。感謝はすれど、わたしは彼に謝って欲しいなんて、思ってないんだから。
「ヒナタくん、わたしは」
「はじめはさ、慌ててるの見て楽しんでたんだけど」
……ん?
「やっば。めっちゃ動揺してるし。おもしろ。的な感じで思ってたんだけど」
「おい」
人が……人がものすごくパニックになっていたっていうのに。まさか、しばらく傍観してたなんて。やっぱりいい性格していらっしゃいマスネ。
「でも、困らせたかったわけじゃない」
「……!」
「本当に、嫌な思いをさせたのならちゃんと謝るけど、今はそうじゃないでしょ?」
……ちゃんと、伝わってた。『ありがとう』って気持ち。『ごめん』は要らないってこと。
「慌てさせたいとは思ってるけど、困って欲しくはない」
嫌じゃないってことも、もちろ……ん?
「ちょっと待て。慌てさせたいって何だ」
「え。それ以外にどう説明しろと――、っ……!」
突如手に力が入ったかと思ったら、グッと力強く引き寄せられた。構えていなかっただけに、自然と彼の腕の中に収まる。
「……え。 ひっ、ひな」
言いかけた時、ちょうどわたしの横を自転車が結構な速さで。そしてすぐ、前方から来た自転車がヒナタくんの横を通り過ぎていった。
「こっち空けてるんだから、わざわざ狭い方通るなよ。しかも猛スピードでとか意味わかんないんだけど。車道走れよ」
ぼそりと漏れた苛立ち。それからすぐ、「大丈夫だった?」と声をかけられながら力を緩められたけど。
勘違いをした自分が恥ずかしくなった。顔が、上げられなかった。
「……? ……どうかし」
「なっ、なんでもない! ……ありがと」
ヒナタくんは、ただ自転車が来て危なかったから助けてくれただけなのに。それを一人で勘違いして。ドキドキして。……うわっ。今、ものすごく恥ずかしい。



