「俺が言うのもなんだけど、あいつ以上に面倒臭い奴はいねえ。俺が保証する」
「自分の弟なのに、えらい言いようですな」
「自分の弟だからよくわかってるんだよ」
少しだけ小さく息をついた彼は、きっと今までも彼の捻くれた性格に、散々振り回されてきたんだろう。それでも、大事な兄弟だから。彼の吐いた息はきっとため息でもあったけど。呆れでもあったけど。……それ以外のやさしいものも、たくさん入っていた。
「流石お兄ちゃんですね?」
「は? ……まあ、困った弟だけどな」
「ははっ。そっかそっか」
肩を竦めたツバサくんは、そんなことを言いながらもやっぱりやさしく笑っていた。
そんなツバサくんにつられてわたしも笑っていると、ふっと彼の纏っていた空気が変わる。
「つばさ、くん……?」
まるで金縛りにでも遭ったかのように。ゾクリと震えたあと、体の自由が効かなくなった。彼の妖美さに、溢れてくる色気に、漂ってくる色香に。……当てられてしまったのだろう。女の子の姿でもよくあったけど、男の子だと余計酷くて。抗えなくて。
「……葵」
「……! つばさく」
そのまま。ツバサくんにやさしく引き寄せられた。長い腕は巻き付くように腰元と、背中から肩にかけて。頭には彼のおでこが乗っかっていた。
一瞬逃げようとしたけれど。彼はもう優艶な空気を纏ってはいなくて。それに気付いて体の力を緩めると、彼は小さく笑いながら息をついた。
「嬉しいような、寂しいような。……複雑だな」
「え……?」
それからすっと体を離したツバサくんは、言葉の通りの表情を浮かべていた。
でも、それもすぐに兄の顔へと戻る。
「気付いてやってくれて、ありがとな」
「え?」
「あいつのこと。……悪い奴じゃねえんだよ。ただちょっと……いろいろ難しい奴なだけで」
「……ふふ。うん。十分知ってる」
彼の難しさを思い出すと、あっという間に笑みが零れる。
ほんと、困ってしまうくらいあの人は難しい方ですから。困ってるのに、こんなに笑うことができて。……それが余計おかしくて、また笑った。
そんな笑顔につられたのか、ツバサくんも小さく笑っていて。そのままの表情で、わたしの横の髪をそっと掬った。
「……髪、伸びたな」
「え? ……うん、そうだね。もう切っちゃう前と同じくらいにはなったかな」
毛先を弄んでいた彼は何を思ったのか、その毛先を自分の口元へと引き寄せた。
なんだかそれが、自分のこととは思えなくて。映画のワンシーンでも見ているような、そんな不思議な感覚だった。
そこから顔を上げたツバサくんは視線を合わせず、そっと横へ外して寂しそうに言葉を零した。
「どうせお前のことだから、ちゃんと俺らに返事するんだろうな」
「ツバサくん……」
「やさしいお前だからそんな顔するんだろうけど、みんななんだかんだで貪欲だから。俺はいいけど、あとの奴ら気を付けろよ」
「……大丈夫だよ。みんなやさしいもん」
「ま。そうだな」
あまりにも寂しそうで。悲しそうで。つらそうで。言葉を彼が紡ぐごと、申し訳なさで胸が押し潰されそうになった。



