すべての花へそして君へ①


「まあ見てて楽しかったけどね。流石のオレも、ちょっと我慢できなかった」

「んむぅ……、うえ?」


 押されていた両頬は、今度はビヨ~ンと引っ張られた。
 ……見てて楽しかった? 我慢できなかったって……。さっき噴き出したやつ?


「どうしたの。いつもの勘の鋭さはどこに行ったの?」

「ふえ?」

「まだわかんない? そんなにパニクってたの?」

「……え。にゃ、なにを……?」


 目の前で、何だかとても楽しそうに笑っている彼の意図がわからなくて。そっと頬から離れていった手を見て、彼を見て。わたしはただ、首を傾げた。


「なんか、困ってたでしょ」

「え」

「戸惑ってた。動揺してたか」

「え!」

「違わないでしょ」

「……ちがわ、ない」


 でも彼は、ズバッとそう言ってきた。確信を込めて。


(顔に、出てたのかな。もしくは、お得意の独り言が漏れてたとか……)


 眉を顰めながら考えていると、視界に大きな手が入り込んでくる。
 出された手に、そっと手を伸ばす。するともちろん、その手を取ってくれたのだけど……。


「……ひな」

「行こ。アキくん家もうちょっと」


 触れた指先。伝わってきたのは彼の小さな震え。繋がれた手から伝わってきたのは……。


「……うんっ」


 確かな温度と安堵。


「手握るだけでわかるんだね! 流石はマジシャン殿!」

「それで全部わかったら本当にマジシャンかもね」

「十分わかってるでしょ?」

「どうかな」


 ぎゅっと握られた手。それだけで、なんとなくだけど聞く体勢に入ったのかなって思った。


「……別に、嫌じゃないよって、言ったでしょ?」


 彼は今、言いたいことが聞きたいんだ。


「え。……うん。それはちゃんとわかってる」

「じゃあ、なんでほっとしたの?」


『なんでオレ?』とでも言いたげな顔だ。『今はそっちでしょ?』とも。


「わたしもヒナタくんに、言いたいことは言って欲しいから」

「は? オレ? ……別にないけど」

「ほんと?」

「……さっきまで調子悪かったくせに」

「わたしのインスティンクトは無事回復しましたー」

「普通に『勘』って言いなよ」


 はあとひとつ、大きなため息。一体ここ数十分の間に、何度彼の幸せは逃げていったことやら……。