グランジュッテ・私の中のバレリーナ

「すみません」

 ()(たか)いドアをおして、(なか)(こえ)をかけてみた。
 だけど返事(へんじ)はない。
 (なか)()()けのホールになっていて、(たか)位置(いち)()かり()りのマドがある。正面(しょうめん)には階段(かいだん)(ひだり)(みぎ)にはそれぞれにドアがある。普通(ふつう)(いえ)玄関(げんかん)とは(ちが)ってくつをぬぐ場所(ばしょ)がないから、やっぱりなにかのお(みせ)みたい。

「でも、文房具屋(ぶんぼうぐや)さんて感じじゃないよね……」

 そうつぶやいた(とき)(きだり)のドアの()こうから〝ダンッ〟という(おと)()こえた。
〝ダンッ〟〝ダンッ〟〝ダンッ〟
 (なに)かが(はね)ねるような(かた)(おと)
 その(おと)をに、わたしは自分(じぶん)心臓(しんぞう)(おお)きくはねるのを(かん)じた。

「なんの(おと)?」

 なんの(おと)なのかわからないのに、この(おと)(なつ)かしい。
 そんなこと、あるのかな?
 わたしは(むね)がドキドキするのをおさえられなくなって、(ひだり)のドアに(ちか)づいて、そっと(なか)をのぞいてみた。
 かわいいお(みせ)だからレストランかなって(おも)っていたけど、(なか)はテーブルも椅子(いす)()いていなくて、(ひろ)いフロアになっていた。
 また〝ダンッ〟て、(かた)(おと)がして、まぶしい(ひかり)()()む中で、黒髪(くろかみ)(おとこ)()が、(ゆか)()って(かろ)やかに(とび)(あが)がる姿(すがた)()えた。

「わぁ――っ」

 (おとこ)()(ゆか)()った(つぎ)瞬間(しゅんかん)、ふわりと(からだ)()かび()がって、足先(あそさき)をピンと()ばした姿勢(しせい)(ちゅう)()ぶ。
 重力(じゅうりょく)(わす)れたみたいな(かろ)やかなジャンプに、(むね)がドキドキしちゃう。
 そしてなぜだか、(ちゅう)()(おとこ)()姿(すがた)に、(ルビ)(あたま)には、夜空(よぞら)(かがや)(ほし)目指(めざ)して()ばたく白鳥(はくちょう)姿(すがた)(うか)かんだ。
 もちろん、ほとんどの(とり)(よる)にはばないことぐらい知っている。
 それでもそんなふうに(おも)えたのは、(おとこ)()のジャンプには、どんなに(とお)くても、目指(めざ)場所(ばしょ)までたどり()けそうな力強(ちかたづよ)さがあったからかな。

「キレイ」

 わたしがそうつぶやいた(とき)(うしろ)ろから(こえ)がした。

「あなた(だれ)?」

「キャッ」

 (こえ)(おどろ)いてふり向くと、(かみ)をお団子(だんご)ヘアにまとめたレオタード姿(すがた)(おんな)()()っていた。
「キャッて、なのよ。そっちが勝手(かって)(はい)ってきたんでしょ」
 お団子(だんご)ヘアの(おんな)()が、腕組(うでく)みしてツンと()う。
 たしかにそうだよね。

「ごめんなさい。文房具屋(ぶんぼうくや)さんとまちがえて(はい)ってきたら、(おお)きな(おと)がして、()になっちゃって……」

 あやまるわたしの()から、地図(ちず)がヒラリと()ちた。
 お団子(だんご)ヘアの(おんな)()が、それをひろう。

「あれっ! この地図(ちず)、通りが一本ぬけてるわよ」

 地図(ちず)を見て(おんな)()()う。

「え? そうなの? 地図(ちず)をかいてくれたおばあちゃんも、()()してきたばかりだから、まちがえたんだと(おも)う」

「あら、あなた、()()してきたの?」

「うん。二学期(にがっき)から、桜丘小学校(さくらがおかしょうがっこう)(かよ)うの」

 そう(はな)したら、(おんな)()の表情がやわらかくなる。

「なんだ。だからはじめて()()なんだ。何年生(なんねんせい)?」

四年生(よねんせい)

「わたしと一緒(いっしょ)だ⁉」

「ホントっ!」

 (おな)(どし)だってわかっただけで、なんだかすごくうれしくなっちゃう。
 それはお団子(だんご)ヘアの(おんな)()も同じだったみたい。

「わたしは、綾瀬(あやせ)紗良(さら)。サラでいいよ」

 お団子(だんご)ヘアの女の子――サラちゃんは、そう言って手を差し出してくれた。

「ありがとう。じゃあ、サラちゃんて()ばせて。わたしは、青葉(あおば)琴実(ことみ)友達(ともだち)にはコトとかコッちゃんて(よば)ばれてるの」

「じゃあ、コッちゃんね」

 サラちゃんは(はじ)けるような笑顔(えがお)()って、つないでいる()をゆらす。
 最初(さいしょ)、ちょっと(こわ)()かと(おも)ったけど、そんなことなかったみたい。

「なに? 迷子(まいご)?」

 サラちゃんと握手(あくしゅ)をしていたら、さっき見事(みごと)なジャンプをした(おとこ)()(わたし)たちに近付(ちかづ)いてきた。

勝手(かって)にのぞいてごめんなさい」

 もう一度(いちど)あやまると、(おとこ)()が笑う。

「バレエ教室(きょうしつ)見学者(けんがくしゃ)だと(おも)って、気合(きあ)いを()れてジャンプしたのに」

「ここ、やっぱりバレエ教室(きょうしつ)だったんだ」

 サラちゃんはレオタードを()ているし、(おとこ)()見事(みごと)なジャンプを()(とき)から、そんな()はしていたんだけどね。

(おもて)()いてあるわよ。フランス()だけれど」

 サラちゃんが()う。
 あれ、フランスだったんだ。
 どおりで()めないはず。

「そんなことより、この子は(わたし)たちと同じ四年生(よねんせい)で、名前は月島(つきしま)瑠衣(るい)(わたし)のいとこなの」

 サラちゃんが、(おとこ)()を紹介してくれた。

「オレのこともルイって()んで」

 (おとこ)()がニッコリ(わら)う。
 でも(おとこ)()()びすてにするのは、ちょっと心のハードルが(たか)い。サラちゃんは、自分も『ルイ』って()んでいるからなんて()うけど、それはいとこだから。
 だからわたしは、『ルイくん』て、()ばせてもらうことにした。
 さっきのすごいジャンプを()(とき)は、自由(じゆう)()ばたく(とり)みたいだって(おも)ったけど、こうやって(はな)すと普通(ふつう)(おとこ)()だ。

「ふたりは、いとこなんだ」

 わたしは、サラちゃんとルイくんを見比(みくら)べた。
 たしかに(かお)がどことなく似ているかも。
 そして、なんだかふたりとも、()(たか)くてスラリとしいてる。
 サラちゃんはレオタード姿(すがた)で、ルイくんは、スエットのズボンにTシャツ姿(すがた)。ふたりともわたしより()(たか)くて、背筋(せすじ)がしゃんと()びている。
 きっとふたりとも、バレエで体を(きた)えているんだ。
 うまく言葉(ことば)にできないけど、なにかを努力(どりょく)をして、それがちゃんとわかる(ひと)ってなんだかカッコイイ。

「そうだ、ルイ。コトちゃんを(おく)ってきてあげなよ」

 ふたりに()とれていたら、サラちゃんが、ルイくんにそんなことを()うからわたしはあわてた。

「え、(わる)いからいいよ」

「いいの、いいの。どうせヒマしているだから」

 そんなのぜったいにウソ。
 だってふたりとも、バレエの練習(れんしゅう)のとちゅうだもん。
 それなのにサラちゃんは「いいから、いいから」って、ルイくんの背中をグイグイ押す。
 それでけっきょく、ルイくんに文房具屋(ぶんぼうくや)さんまで送ってもらうことになっちゃた。