中学3年生の秋、私は受験勉強に集中したいのに、どうしても拓海くんのことが頭から離れない。

そんな針の振り子のように揺れ動く日々を送っていました。

隣のクラスになったとはいえ、相変わらず直接話しかける勇気は持てず、遠くから見守るばかり。
ロッカーに入れた応援の手紙が、彼に届いたのかどうかも分かりませんでした。

私の中の「青山くんは星野さんが好き」という誤解は、依然として私の一歩を阻む、分厚く、透明な氷の壁でした。

そんなある日の放課後、私は青山くんと同じクラスの友人、遠野 遥(とおの はるか)と図書室で勉強していました。

遥は私と同じ光が丘小学校出身で、昔から気心が知れた仲。もちろん、同じテニス部です。遥は明るくておしゃべりな性格で、交友関係が広く、クラスのいろんな情報を知っているタイプでした。

休憩中に、何気ない会話の流れで、私が「青山くんって、やっぱり星野さんと仲良いよね」と呟くと、遥は突然、目を丸くして、まるで信じられないものを見るように言ったのです。

「え? 結衣? 何言ってるの? 青山くんと星野さんの仲がいい? どうしてそう思うの?」

遥の問いかけに、私は思わず言葉を詰まらせました。

心臓が、まるで予期せぬ衝撃に打たれたように、激しく脈打ち始めました。遥は私の困惑した顔を見て、さらに驚いたように続けます。

「え、だって青山くん、結衣のこと『好き』って言ってるじゃん? うちのクラス、みんな知ってるけど、結衣知らなかったの!?」

その言葉を聞いた瞬間、私の頭は真っ白な嵐に包まれました。時間が止まり、遥の声だけが、遠い水底から響く、不確かな泡の音のように聞こえました。

「え?」「今、なんて言った?」「まさか、私が?」

頭の中がぐるぐるする。遥の言葉が、現実味を帯びない。

遥は、私が信じられないという顔をしているのを見て、さらに詳しく説明してくれました。

「だって、修学旅行でバレたらしいじゃん! 青山くん、友達に『白石さんのこと好きだろ?』って言われて、『おう、好きだよ』って答えたらしいよ! それが3年5組中に広まってさー、もう大変だったんだから! 青山くん、顔真っ赤にしてたって話でさ! 私、青山くんとは結構話すからさ、席の近く通るたびに『ねえねえ、ホントに結衣のこと好きなのー?』っていじってるんだけど、あいつ怒らないんだから、ホント性格良いよね。っていうか、結衣、マジで知らなかったの? これ、結構有名な話だよ!?」

遥の言葉は、まるで真っ暗な部屋に、突然雷が落ちたような衝撃でした。

「え、星野さんじゃなかったの? わたしなの? え、うそ! 本当に!?」

私の口からは、支離滅裂な言葉しか出てきませんでした。

今まで何年も抱え込んできた、拓海くんが星野さんを好きだという「確固たる事実」だと信じていた、私の心の要塞が、音を立てて崩れ去ったのです。

そして、その瓦礫の向こうに、今まで見えなかった、広大な青空が広がっているような気がしたのです。

そして、その代わりに、信じられないほどの歓喜が、泉のように心の奥底から湧き上がってきました。

身体中の血が、一斉に逆流するような感覚。嬉しくて、信じられなくて、視界が滲むほど涙が出そうでした。それは、長い間渇いていた心に、ようやく潤いが満ちていくようでした。

長年の誤解が解けた安堵と、彼が私を「好き」だという事実。それは、私にとって、世界がひっくり返るほどの、奇跡のような出来事でした。

今まで彼に話しかけられなかった言い訳が、あっという間に消え去ったのです。今すぐ、彼のもとへ駆け寄って、伝えたいことが山ほどありました。

しかし、喜びと同時に、私は強烈な後悔の波に襲われました。この3年間、私は何をしてきたんだろう。

せっかく隣のクラスになれたのに、見えない壁に囚われて、何の行動も起こせなかった。馬鹿みたいだ。こんなに簡単なことに、なぜ気づかなかったんだろう。

もし、もう少し早くこの事実を知っていたら、私たちの関係は今頃どうなっていたのだろうと、想像するたびに胸が締め付けられました。もっと早く、遥に聞けばよかった。

この事実を知った私は、まるで生まれ変わったようでした。

もう、迷う時間はない。砂時計の最後の砂が落ちる前に、卒業までに、この想いを伝えなければ。

私の心は、嵐の後の澄み切った空のように、明確な光に満たされていました。