隣り合ったクラスになったことで、私は少しずつ、しかし確実に、拓海くんとの距離を縮める努力を始めました。

それはまるで、遠くの星に、たった一人で橋を架けるような、途方もない作業のように感じられました。

しかし、どんなに些細なことでも、私は彼との接点を探し続けたのです。

これまで遠くから見つめるだけだった日々とは、もう違う。私に残された時間は限られている。砂時計の砂が落ちるように、刻一刻と迫る「終わり」を、そう自分に言い聞かせました。

まずは、彼の日常を、もっと詳しく観察することから始めました。休み時間に廊下に出る回数を増やし、彼が友達と話している声に耳を傾けました。

拓海くんの声が、隣のクラスから風に乗って届くたび、まるで私の耳元で囁かれているかのように、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。

彼の屈託のない笑い声や、少し低めの、落ち着いた話し声が聞こえてくるたび、心臓が小さく跳ねました。

拓海くんは、いつも穏やかな笑顔で友達と話していて、その輪の中心にいることが多かった。

彼の周りには、いつも温かい空気が流れているように感じられました。それは、彼という存在が放つ、目に見えない光のようでした。

部活動での接点は、ほとんどありませんでした。
私がテニス部、彼がバスケ部。

普段はそれぞれ専用のコートで練習していました。
バスケ部が体育館を使えない日、例えばバレー部が練習で体育館を占有している日は、彼らは校庭にある外のバスケットコートで練習していました。

一方で、私たち女子テニス部は、男子テニス部がテニス専用コートを使用している日には、その外のバスケットコートの隣にある多目的コートを使うことがありました。

そのため、ごく稀ではありましたが、お互いの部活動の状況が重なると、私たち女子テニス部とバスケ部の練習場所が隣同士になる時があり、その日は私にとって特別な日でした。

そんな貴重な瞬間に、私は必死で彼の姿を目で追いました。

ボールを追いかける真剣な横顔、仲間とアイコンタクトを取る一瞬、汗を拭う仕草。そのどれもが眩しくて、遠くから見ているだけで胸が高鳴りました。

彼の姿を見るたびに、胸が締め付けられるような、甘く、しかし切ない痛みが心を走りました。

しかし、やはりあの「青山くんは星野さんが好き」という誤解の壁は、私の心に重く、冷たい鉛のようにのしかかっていました。

ある日、私は校舎の廊下で、拓海くんと星野さんが楽しそうに話している姿を見たような気がしました。

彼の顔にはいつもの穏やかな笑顔が浮かび、星野さんもまた、にこやかに応じていたように見えました。

実際には二人が会話することなど一度もなかったのに、私の拓海くんへの強い想いが、そんな幻覚的な光景を、無理やり私に見せたのかもしれません。

その光景を見た瞬間、私の心は音もなく、しかし確実にズタズタに引き裂かれるようでした。

頭では「見間違いかもしれない」と分かっていても、胸が締め付けられるような痛みを感じました。

それは、鋭利なガラスの破片が心を切り裂くような、生々しい痛みでした。

私は慌ててその場を立ち去りましたが、足元がおぼつかないほどに全身から力が抜け、その光景が、まるで焼き付いたように脳裏から離れませんでした。

何度目を閉じても、瞼の裏に鮮やかに浮かび上がる、残酷な絵画のように。

その度に、「私なんかが話しかけても、きっと迷惑なだけだ」「幼稚園の時のことなんて、覚えていないだろう」というネガティブな考えが頭をよぎり、あと一歩が踏み出せないでいました。

彼の隣に立つには、私がもっと特別な存在にならなければ、と、勝手に思い込んでいたのです。それは、私の心の中に築かれた、見えない牢獄でした。

そんな葛藤を抱えながらも、私は拓海くんの受験への取り組みを応援したい、という気持ちが募っていきました。

彼はいつも真剣な顔でノートに向かっていたり、友達と問題について議論したりしていました。彼の頑張る姿を見るたびに、私ももっと頑張ろう、と強く思えました。

彼の努力が、私自身の背中を優しく押してくれるような感覚でした。

ある日、私は小さな手紙を書きました。誰が書いたのか分からないように、可愛らしい便箋を選び、「応援しています」とだけ書きました。

渡すタイミングも、渡す方法も、何度も何度も考えました。結局、彼のロッカーにそっと忍ばせることにしました。

誰にも見つからないか、ドキドキしながら。この手紙が、彼の少しでも力になってくれたら、それだけでいい。

そう願いました。私の、せめてもの精一杯の応援でした。それは、彼に届くことを祈る、小さな祈りのカケラでした。

中学生活最後の学年。
卒業が近づくにつれて、私の中で焦りが募っていきました。

このまま何もしなければ、また拓海くんは遠くへ行ってしまう。

後悔だけはしたくない。彼の隣にいることが、たとえ一瞬でも叶うなら。彼の役に立てることが、たとえ小さなことでもできるなら。

私の心は、まだ完全な勇気には変わっていませんでしたが、それでも、彼への「好き」という気持ちが、私を突き動かす原動力となっていました。

それは、深海の底から湧き上がる、抑えきれない衝動のようでした。

卒業までの限られた時間で、私はどこまで彼に近づけるだろう。

見えない壁の向こうにいる彼に、この途方もない想いは届くのだろうか。