若葉の森幼稚園を卒園し、私は光が丘小学校という新しい学校へと進みました。
ピカピカの真新しいランドセルを背負い、期待と不安を抱えながら、私の日々が彩られ始めました。
新しい友達、新しい先生、新しい校舎。何もかもが目新しくて、毎日が新鮮な驚きに満ちていました。
でも、私の心の奥底には、いつもあの日の青山拓海くんの優しい笑顔が、消えないインクのように焼き付いていました。
滑り台の順番を譲ってくれた、たった一度の、本当に短い瞬間。
それがなぜか、私にとっては何よりも大切な宝物で、他のどんな楽しかった思い出よりも鮮明だったのです。
時折、ふとした瞬間に彼の笑顔が脳裏に浮かび、その度に心が温かくなりました。
それは、まるで日差しの届かない場所を、そっと照らしてくれるような光でした。
私は、拓海くんがどこの小学校に進んだのかを知りませんでした。
彼は確か、「青山」くん。
私の小学校には、「青山」という苗字の子はいませんでした。
だから、毎日学校に行くたびに、もしかしたらどこかで偶然会えるのではないかと、淡い、しかし消えない期待を心の隅で抱いていました。
通学路で、スーパーで、公園で…。
でも、彼の姿を見かけることは一度もありませんでした。
広がる世界は、私にとって、彼のいない現実を繰り返し突きつける、漠然とした寂しさでした。
新しい友達と鬼ごっこに夢中になっていても、ふと、拓海くんがいたらどんな風に笑うんだろう、どんなことを話すんだろう、と考えてしまう。
そんな時、賑やかな校庭の真ん中で、私だけが取り残されたような、ぽっかりと穴が空いたような感覚に囚われることがありました。
小学3年生になった頃、私は改めて、あの日の青山拓海くんの姿を、もっと鮮明に思い出したいと思うようになりました。
幼稚園のアルバムを引っ張り出し、指で紙の感触を確かめながらページをめくります。
何度も開いたアルバムの紙は、指先に馴染んで、少しだけた匂いがした。
私はその一枚一枚の写真を擦り切れるほど、拓海くんの顔に指を触れ、あの時の声や表情を思い出しました。
それは、私にとって、心を落ち着かせるための、秘密の時間でした。アルバムの拓海くんは、いつも穏やかな笑顔で、私を静かに、しかし確かに見守ってくれているようでした。
アルバムの最後のページには、園児たちの名前と住所が書かれたリストがありました。
当時の私は、それがどれほどプライベートな情報なのか、深く理解していたわけではありません。
ただ、「青山拓海」くんの住所を、まるで呪文を覚えるように、無意識のうちに見つめていました。
彼がどこに住んでいるのかを知るだけで、少しだけ彼が近くに感じられ、遠い星を手のひらに乗せたような、ささやかな安堵を覚えたのです。
ある日、真新しい地図帳を広げると、独特のインクの匂いがしました。
指で紙の感触を確かめながら、私は拓海くんの住所を探してみました。
そして、彼の家の周りに広がる小学校の学区を調べたのです。
そこに浮かび上がったのは、「旭ヶ丘小学校」という名前。私の光が丘小学校とは違うけれど、同じ市内の学校でした。
さらに調べていくと、旭ヶ丘小学校の卒業生が、私たち光が丘小学校の卒業生と同じ「緑ヶ丘中学校」に進学することを知りました。
その瞬間、私の胸の中に、確かな光が差し込み、心が凍っていた部分が溶け出すような感覚が走りました。
まるで、暗闇に閉ざされていた道に、一筋の希望の光が差し込んだようでした。
「拓海くん…きっと、中学で会える!」
小学校の六年間は、私の心の中で、拓海くんへの想いを静かに、しかし確実に育んでいきました。
直接会うことは叶わないけれど、中学で再会できるという確信の光が、私を支える、揺るぎない道標のようでした。
その確信は、私に大きな希望を与え、漠然とした不安を打ち消してくれました。そう信じなければ、心の寂しさに押しつぶされそうだったのかもしれません。
「緑ヶ丘中学校で、必ず再会できる。」
学年が上がるごとに、その確信はより強くなっていきました。
そして、もし再会できたなら、あの日の感謝を、ちゃんと伝えたい。あの時の優しい気持ちを、私の中でずっと温めてきたこと。
それを、いつか彼に話したい、と願っていました。
私の小学校時代は、そんな、遠い日の小さな約束と、未来への確固たる期待という名の羅針盤に満ちていました。
それは、あまりに大切すぎて、誰にも言えなかった私だけの秘密の夢でした。
彼の存在が、私にとっての、唯一無二の、そして永遠の道標だったのです。
ピカピカの真新しいランドセルを背負い、期待と不安を抱えながら、私の日々が彩られ始めました。
新しい友達、新しい先生、新しい校舎。何もかもが目新しくて、毎日が新鮮な驚きに満ちていました。
でも、私の心の奥底には、いつもあの日の青山拓海くんの優しい笑顔が、消えないインクのように焼き付いていました。
滑り台の順番を譲ってくれた、たった一度の、本当に短い瞬間。
それがなぜか、私にとっては何よりも大切な宝物で、他のどんな楽しかった思い出よりも鮮明だったのです。
時折、ふとした瞬間に彼の笑顔が脳裏に浮かび、その度に心が温かくなりました。
それは、まるで日差しの届かない場所を、そっと照らしてくれるような光でした。
私は、拓海くんがどこの小学校に進んだのかを知りませんでした。
彼は確か、「青山」くん。
私の小学校には、「青山」という苗字の子はいませんでした。
だから、毎日学校に行くたびに、もしかしたらどこかで偶然会えるのではないかと、淡い、しかし消えない期待を心の隅で抱いていました。
通学路で、スーパーで、公園で…。
でも、彼の姿を見かけることは一度もありませんでした。
広がる世界は、私にとって、彼のいない現実を繰り返し突きつける、漠然とした寂しさでした。
新しい友達と鬼ごっこに夢中になっていても、ふと、拓海くんがいたらどんな風に笑うんだろう、どんなことを話すんだろう、と考えてしまう。
そんな時、賑やかな校庭の真ん中で、私だけが取り残されたような、ぽっかりと穴が空いたような感覚に囚われることがありました。
小学3年生になった頃、私は改めて、あの日の青山拓海くんの姿を、もっと鮮明に思い出したいと思うようになりました。
幼稚園のアルバムを引っ張り出し、指で紙の感触を確かめながらページをめくります。
何度も開いたアルバムの紙は、指先に馴染んで、少しだけた匂いがした。
私はその一枚一枚の写真を擦り切れるほど、拓海くんの顔に指を触れ、あの時の声や表情を思い出しました。
それは、私にとって、心を落ち着かせるための、秘密の時間でした。アルバムの拓海くんは、いつも穏やかな笑顔で、私を静かに、しかし確かに見守ってくれているようでした。
アルバムの最後のページには、園児たちの名前と住所が書かれたリストがありました。
当時の私は、それがどれほどプライベートな情報なのか、深く理解していたわけではありません。
ただ、「青山拓海」くんの住所を、まるで呪文を覚えるように、無意識のうちに見つめていました。
彼がどこに住んでいるのかを知るだけで、少しだけ彼が近くに感じられ、遠い星を手のひらに乗せたような、ささやかな安堵を覚えたのです。
ある日、真新しい地図帳を広げると、独特のインクの匂いがしました。
指で紙の感触を確かめながら、私は拓海くんの住所を探してみました。
そして、彼の家の周りに広がる小学校の学区を調べたのです。
そこに浮かび上がったのは、「旭ヶ丘小学校」という名前。私の光が丘小学校とは違うけれど、同じ市内の学校でした。
さらに調べていくと、旭ヶ丘小学校の卒業生が、私たち光が丘小学校の卒業生と同じ「緑ヶ丘中学校」に進学することを知りました。
その瞬間、私の胸の中に、確かな光が差し込み、心が凍っていた部分が溶け出すような感覚が走りました。
まるで、暗闇に閉ざされていた道に、一筋の希望の光が差し込んだようでした。
「拓海くん…きっと、中学で会える!」
小学校の六年間は、私の心の中で、拓海くんへの想いを静かに、しかし確実に育んでいきました。
直接会うことは叶わないけれど、中学で再会できるという確信の光が、私を支える、揺るぎない道標のようでした。
その確信は、私に大きな希望を与え、漠然とした不安を打ち消してくれました。そう信じなければ、心の寂しさに押しつぶされそうだったのかもしれません。
「緑ヶ丘中学校で、必ず再会できる。」
学年が上がるごとに、その確信はより強くなっていきました。
そして、もし再会できたなら、あの日の感謝を、ちゃんと伝えたい。あの時の優しい気持ちを、私の中でずっと温めてきたこと。
それを、いつか彼に話したい、と願っていました。
私の小学校時代は、そんな、遠い日の小さな約束と、未来への確固たる期待という名の羅針盤に満ちていました。
それは、あまりに大切すぎて、誰にも言えなかった私だけの秘密の夢でした。
彼の存在が、私にとっての、唯一無二の、そして永遠の道標だったのです。
