決勝戦の熱狂から数日後、私の心は一点の曇りもなく、透き通るような決意で満たされていました。
拓海くんへの想いを、きちんと伝えよう。後悔したくない。心の奥底から湧き上がる、抑えきれない衝動が、私を強く突き動かしていました。
しかし、いざ伝えようとすると、またあの「彼に迷惑をかけるんじゃないか」「幼い頃のことなんて覚えていないだろう」という不安が、古傷のように、ズキリと頭をもたげます。
それでも、遥の言葉と、雨の日に彼が見せてくれた優しさが、私の背中を目に見えない温かい手で、押し続けてくれました。
翌朝、私はいつもより早く家を出て、まだほとんど生徒のいない学校へと向かいました。
拓海くんへのメッセージを、どうしても今日中に渡したかったからです。
人影まばらな昇降口。靴を履き替えながら、彼のげた箱の位置を確認します。周囲に誰もいないことを確かめ、意を決して彼のげた箱に近づきました。
心臓がドクドクと不規則に鳴り響きます。拓海くんのげた箱の奥に、小さく折りたたんだメモをそっと忍ばせました。
『練習の後、体育館裏で待っています。白石』
たった数秒の行動が、永遠のように長く感じられました。誰にも見られずに済んだことに安堵し、深呼吸をして、私は自分の教室へと向かいました。
この小さな紙切れが、彼の目に留まるだろうか。そして、彼は、私の呼び出しに応じてくれるだろうか。不安と期待が入り混じったまま、一日が始まりました。
その日の授業は、まるで水の中にいるかのように、全てが遠く、ぼやけて聞こえました。
先生の声も、チョークが黒板を滑る音も、全てが遠いBGMのよう。教科書の文字はただの模様にしか見えず、ノートにペンを走らせることもできません。
私の頭の中は、午前中に仕掛けたあの小さなメモのことと、放課後のことばかり。彼が気づいてくれるだろうか。
どんな顔で体育館裏に来てくれるだろうか。それとも、来てくれないかもしれない。
あらゆる可能性が嵐のように渦巻き、心臓は一日中、落ち着くことなく高鳴り続けていました。
放課後、私は意を決して、体育館へと向かいました。
それは、私の心の中の、長い旅の終着点でした。
バスケ部の練習が終わる頃を見計らって、体育館裏の、少し窪んだ場所に身を潜め、彼を待つことにしたのです。
心臓が今にも胸から飛び出しそうなほど激しく高鳴り、手のひらには冷たい汗がにじんでいました。
体育館の中から、部員たちの賑やかな声やボールの弾む音が遠く聞こえてきます。その音が次第に小さくなり、やがて扉が閉まる音が聞こえました。
練習が終わったのだと知ると、私の胸は期待と緊張で張り裂けそうでした。
何度も深呼吸をして、荒れ狂う波のような感情を、自分を落ち着かせようとしました。
しばらくすると、体育館の裏側へと続く通路から、足音が二つ、規則的に近づいてくるのが聞こえました。
やがて、拓海くんと陽斗くんが、体育館の角を曲がって、私のいる裏手に姿を現しました。
陽斗くんは、私の姿に気づくと、何かを察したようにニヤリと笑いました。
そして、拓海くんの背中をポンと叩き、小さく耳打ちをしています。
拓海くんは一瞬ためらうように立ち止まりましたが、陽斗くんが「行くぞ!」とでも言うように再び背中を押すと、観念したように小さく頷きました。
陽斗くんはそれ以上何も言わず、拓海くんを一瞥してから、来た道をそのまま戻っていきました。
陽斗くんのその行動に、私の顔はまた熱くなりました。彼も、私たちのことを知っているのだと、改めて実感しました。
それは、逃れられない運命を、静かに受け入れるような感覚でした。
拓海くんが、私の目の前に立ち止まりました。私を見上げる彼の瞳は、少し戸惑っているようにも、期待しているようにも見えました。
その視線が、私の心の奥底まで届くように感じられ、息を飲みました。
「あの…白石さん。どうしたの?」
彼の声は、いつもと変わらない穏やかな声でした。私は深呼吸をし、震える声の糸を紡ぐように話し始めました。
「青山くん…あの、この前の試合、優勝、本当におめでとう。すごく、かっこよかったよ」
まずは、素直な気持ちを伝えました。彼は少し照れたように「ありがとう」と微笑みました。その笑顔に、ほんの少しだけ緊張が解けました。
「それでね…あの、話したいことがあって」
私の言葉に、拓海くんはまっすぐに私を見つめました。
彼の真剣な眼差しに、私の心臓はさらに激しく高鳴りました。もう後戻りはできない。この瞬間から、私の物語は、新しい章へと進むのだ。
「私…青山くんのこと、幼稚園の時からずっと、好きでした」
絞り出すように、胸の奥から、やっとその言葉を解き放つことができました。
言葉にした瞬間、全身の力が抜けるようでした。彼の瞳が、少しだけ大きく見開かれたように感じられました。
それは、長年の封印が解かれた、静かで、しかし確かな音のようでした。
「あのね、幼稚園の時、転びそうになった私を助けてくれた事、滑り台の順番譲ってくれたこと、覚えてる? あの時から、私にとって、青山くんは特別な存在だったの。ずっと、ずっと、会いたかった。中学で会えた時も、すごく嬉しかった。でも、話しかける勇気がなくて…」
私は、堰を切ったように、溢れ出す感情の奔流に身を任せ、これまで心に秘めてきた想いを話し続けました。
彼の瞳をまっすぐに見つめたり、恥ずかしさのあまり地面に視線を落としたりしながら、誤解していたこと、遠くから見つめることしかできなかったこと、そして、彼が私を好きだと聞いて、どれほど嬉しかったか。
私の言葉一つ一つに、彼の表情が細かく変わっていくのが分かりました。
驚き、困惑、そして、どこか優しい眼差し。それは、私の言葉が、彼の心に直接触れていく、不思議な感覚でした。
拓海くんは、私の言葉を、一言も聞き漏らさないように、じっと耳を傾けていました。彼の表情は、真剣そのもので、時折、驚いたように目を見開いたり、少しだけ顔を赤らめたりしていました。
私が話し終えると、体育館裏には、底なしの静寂が訪れました。
沈黙が、私には永遠のように長く感じられました。それは、私の心臓の鼓動だけが、世界に響いているかのような時間でした。
拓海くんは、何も言わず、ただ静かに私を見つめ返していた。その瞳の奥で、様々な感情が渦巻いているのが見て取れた。
彼の口から、どんな言葉が返ってくるのだろう。期待と不安が、混じり合った濁流のように、私の心を駆け巡ったまま、私は彼の返事を待ちました。
そして、彼は、少しだけ俯き、ゆっくりと口を開きました。
「白石さん…」
彼の声は、少し震えているようでした。
それは、私の未来を形作る、最初の一音となる予感に満ちていました。
拓海くんへの想いを、きちんと伝えよう。後悔したくない。心の奥底から湧き上がる、抑えきれない衝動が、私を強く突き動かしていました。
しかし、いざ伝えようとすると、またあの「彼に迷惑をかけるんじゃないか」「幼い頃のことなんて覚えていないだろう」という不安が、古傷のように、ズキリと頭をもたげます。
それでも、遥の言葉と、雨の日に彼が見せてくれた優しさが、私の背中を目に見えない温かい手で、押し続けてくれました。
翌朝、私はいつもより早く家を出て、まだほとんど生徒のいない学校へと向かいました。
拓海くんへのメッセージを、どうしても今日中に渡したかったからです。
人影まばらな昇降口。靴を履き替えながら、彼のげた箱の位置を確認します。周囲に誰もいないことを確かめ、意を決して彼のげた箱に近づきました。
心臓がドクドクと不規則に鳴り響きます。拓海くんのげた箱の奥に、小さく折りたたんだメモをそっと忍ばせました。
『練習の後、体育館裏で待っています。白石』
たった数秒の行動が、永遠のように長く感じられました。誰にも見られずに済んだことに安堵し、深呼吸をして、私は自分の教室へと向かいました。
この小さな紙切れが、彼の目に留まるだろうか。そして、彼は、私の呼び出しに応じてくれるだろうか。不安と期待が入り混じったまま、一日が始まりました。
その日の授業は、まるで水の中にいるかのように、全てが遠く、ぼやけて聞こえました。
先生の声も、チョークが黒板を滑る音も、全てが遠いBGMのよう。教科書の文字はただの模様にしか見えず、ノートにペンを走らせることもできません。
私の頭の中は、午前中に仕掛けたあの小さなメモのことと、放課後のことばかり。彼が気づいてくれるだろうか。
どんな顔で体育館裏に来てくれるだろうか。それとも、来てくれないかもしれない。
あらゆる可能性が嵐のように渦巻き、心臓は一日中、落ち着くことなく高鳴り続けていました。
放課後、私は意を決して、体育館へと向かいました。
それは、私の心の中の、長い旅の終着点でした。
バスケ部の練習が終わる頃を見計らって、体育館裏の、少し窪んだ場所に身を潜め、彼を待つことにしたのです。
心臓が今にも胸から飛び出しそうなほど激しく高鳴り、手のひらには冷たい汗がにじんでいました。
体育館の中から、部員たちの賑やかな声やボールの弾む音が遠く聞こえてきます。その音が次第に小さくなり、やがて扉が閉まる音が聞こえました。
練習が終わったのだと知ると、私の胸は期待と緊張で張り裂けそうでした。
何度も深呼吸をして、荒れ狂う波のような感情を、自分を落ち着かせようとしました。
しばらくすると、体育館の裏側へと続く通路から、足音が二つ、規則的に近づいてくるのが聞こえました。
やがて、拓海くんと陽斗くんが、体育館の角を曲がって、私のいる裏手に姿を現しました。
陽斗くんは、私の姿に気づくと、何かを察したようにニヤリと笑いました。
そして、拓海くんの背中をポンと叩き、小さく耳打ちをしています。
拓海くんは一瞬ためらうように立ち止まりましたが、陽斗くんが「行くぞ!」とでも言うように再び背中を押すと、観念したように小さく頷きました。
陽斗くんはそれ以上何も言わず、拓海くんを一瞥してから、来た道をそのまま戻っていきました。
陽斗くんのその行動に、私の顔はまた熱くなりました。彼も、私たちのことを知っているのだと、改めて実感しました。
それは、逃れられない運命を、静かに受け入れるような感覚でした。
拓海くんが、私の目の前に立ち止まりました。私を見上げる彼の瞳は、少し戸惑っているようにも、期待しているようにも見えました。
その視線が、私の心の奥底まで届くように感じられ、息を飲みました。
「あの…白石さん。どうしたの?」
彼の声は、いつもと変わらない穏やかな声でした。私は深呼吸をし、震える声の糸を紡ぐように話し始めました。
「青山くん…あの、この前の試合、優勝、本当におめでとう。すごく、かっこよかったよ」
まずは、素直な気持ちを伝えました。彼は少し照れたように「ありがとう」と微笑みました。その笑顔に、ほんの少しだけ緊張が解けました。
「それでね…あの、話したいことがあって」
私の言葉に、拓海くんはまっすぐに私を見つめました。
彼の真剣な眼差しに、私の心臓はさらに激しく高鳴りました。もう後戻りはできない。この瞬間から、私の物語は、新しい章へと進むのだ。
「私…青山くんのこと、幼稚園の時からずっと、好きでした」
絞り出すように、胸の奥から、やっとその言葉を解き放つことができました。
言葉にした瞬間、全身の力が抜けるようでした。彼の瞳が、少しだけ大きく見開かれたように感じられました。
それは、長年の封印が解かれた、静かで、しかし確かな音のようでした。
「あのね、幼稚園の時、転びそうになった私を助けてくれた事、滑り台の順番譲ってくれたこと、覚えてる? あの時から、私にとって、青山くんは特別な存在だったの。ずっと、ずっと、会いたかった。中学で会えた時も、すごく嬉しかった。でも、話しかける勇気がなくて…」
私は、堰を切ったように、溢れ出す感情の奔流に身を任せ、これまで心に秘めてきた想いを話し続けました。
彼の瞳をまっすぐに見つめたり、恥ずかしさのあまり地面に視線を落としたりしながら、誤解していたこと、遠くから見つめることしかできなかったこと、そして、彼が私を好きだと聞いて、どれほど嬉しかったか。
私の言葉一つ一つに、彼の表情が細かく変わっていくのが分かりました。
驚き、困惑、そして、どこか優しい眼差し。それは、私の言葉が、彼の心に直接触れていく、不思議な感覚でした。
拓海くんは、私の言葉を、一言も聞き漏らさないように、じっと耳を傾けていました。彼の表情は、真剣そのもので、時折、驚いたように目を見開いたり、少しだけ顔を赤らめたりしていました。
私が話し終えると、体育館裏には、底なしの静寂が訪れました。
沈黙が、私には永遠のように長く感じられました。それは、私の心臓の鼓動だけが、世界に響いているかのような時間でした。
拓海くんは、何も言わず、ただ静かに私を見つめ返していた。その瞳の奥で、様々な感情が渦巻いているのが見て取れた。
彼の口から、どんな言葉が返ってくるのだろう。期待と不安が、混じり合った濁流のように、私の心を駆け巡ったまま、私は彼の返事を待ちました。
そして、彼は、少しだけ俯き、ゆっくりと口を開きました。
「白石さん…」
彼の声は、少し震えているようでした。
それは、私の未来を形作る、最初の一音となる予感に満ちていました。
