拓海くんが体育館を後にし、私は一人、観客席に立ち尽くしていました。
彼の最高の笑顔が、瞼の裏に焼き付く光景となって、離れません。勝利の熱狂に包まれた体育館で、私だけが、次にどうすべきかという迷いの海に漂っていました。
勝利の喜びを分かち合うべき瞬間に、私個人の「感謝」を伝えるのは、もしかしたら祝いの場に水を差してしまうことになるんじゃないか。
そんな思いが、私の足を見えない鎖で縛り付けました。あと一歩が踏み出せない、いつもの私に戻ってしまっていたのです。変わらない自分への、もどかしさが胸を苛みました。
体育館から出て、外に出ると、空は鉛色に重く垂れ込め、ポツリポツリと雨が降り始めていました。
まるで私の心の中を映し出すかのように、雨は次第に強くなり、やがて本降りに。傘を持っていなかった私は、濡れるのも構わず、ただ立ち尽くしていました。
冷たい雨粒が容赦なく顔に打ち付け、髪を伝って首筋を滑り落ちる。降り注ぐ雨粒が、私の心の奥に積もった後悔を叩き起こすようでした。
(なんで、私、言えなかったんだろう…)
あの時、勇気を出して一歩踏み出していれば、違う展開があったのかもしれない。彼の隣に立って、あの日の感謝を、そして募るこの気持ちを、伝えるべきだったんじゃないか。
もう二度と、こんなチャンスは巡ってこないかもしれない。後悔の念が、雨のように降り注ぎ、私の心を冷たく濡らしました。
それは、私の存在を、全て洗い流してしまうかのような、無情な雨でした。
家路を急ぐ人の波に逆らい、私は立ち止まったままでした。降り続く雨が、私の視界をぼやかせ、まるで涙を流しているかのように感じられました。
肩も髪もびしょ濡れになっていました。冷たさが、体だけではなく、心の奥底まで染み渡るようでした。
その時、背後から雨音を切り裂くような、優しい声が聞こえました。
「白石さん? 傘、いる?」
振り返ると、そこにいたのは、さっきまでコートで輝いていた、汗だくの拓海くんと陽斗くんでした。
彼らの手には、折り畳み傘が握られていました。
彼らは、きっと私を心配して引き返してきてくれたのだ。雨の中の幻ではないかと思うほど、信じられない光景でした。
「あ、青山くん…陽斗くん…」
私は驚きと恥ずかしさで、言葉に詰まってしまいました。まさか、彼らが私を心配して、戻ってきてくれるなんて。こんな濡れた姿を見られて、地面に埋まりたいほどの恥ずかしい気持ちもありました。
「ほら、風邪ひいちゃうだろ? これ、使えよ」
陽斗くんが、差し出すように傘をくれました。拓海くんは、手に持っていたもう一本の傘を少しだけ傾け、私から雨粒を避けるようにしてくれていました。
私の顔をじっと見つめ、少し心配そうな表情を浮かべていました。彼の優しい眼差しに、私の胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。
それは、冷え切った心に、小さな火が灯されたようでした。彼の優しさが、私の後悔の気持ちを少しだけ溶かしてくれました。
「ありがとう…」
私は震える手で傘を受け取りました。その傘の下で、拓海くんと陽斗くんの顔を見上げると、二人の笑顔が、雨の中で一層輝いて見えました。まるで、世界がモノクロから、再び色彩を取り戻したようでした。
「試合、本当におめでとう。すごく、かっこよかったよ」
今度は、心からの言葉がすっと出てきました。彼らの優しさに触れて、ようやく素直な気持ちを伝えることができたのです。雨粒が、私の声に乗って、彼の心に届くことを願いました。
「ありがとう、白石さん」
拓海くんは、再び穏やかに微笑みました。その笑顔は、雨の日の空に、虹がかかったかのように、私の心を明るく照らしてくれました。
その夜、私は自室のベッドに横になり、今日の出来事を何度も反芻しました。試合での彼の活躍。私の言葉に返してくれた彼の笑顔。そして、雨の中、傘を差し出してくれた彼の優しさ。
(やっぱり、私は拓海くんのことが好きなんだ。)
確かな気持ちが、私の心の中で確固たる形となって固まっていくのを感じました。
迷いや後悔はまだ少し残っているけれど、それ以上に、彼への真っ直ぐな想いが、私を未来へと突き動かそうとする、嵐のような力となっていました。
その衝動は、もう心臓を突き破ってしまいそうなほどで、感謝と、そして「好き」という気持ちを伝えること以外、私を立ち止まらせるものは何もない、と感じていました。
残された中学生活は、あとわずか。この想いを、このまま心の中にしまっておくなんてできない。
今度こそ、勇気を出して、私の気持ちをすべて伝えよう。
それは、私の心の中の、新しい物語の始まりを告げる、静かな誓いでした。
彼の最高の笑顔が、瞼の裏に焼き付く光景となって、離れません。勝利の熱狂に包まれた体育館で、私だけが、次にどうすべきかという迷いの海に漂っていました。
勝利の喜びを分かち合うべき瞬間に、私個人の「感謝」を伝えるのは、もしかしたら祝いの場に水を差してしまうことになるんじゃないか。
そんな思いが、私の足を見えない鎖で縛り付けました。あと一歩が踏み出せない、いつもの私に戻ってしまっていたのです。変わらない自分への、もどかしさが胸を苛みました。
体育館から出て、外に出ると、空は鉛色に重く垂れ込め、ポツリポツリと雨が降り始めていました。
まるで私の心の中を映し出すかのように、雨は次第に強くなり、やがて本降りに。傘を持っていなかった私は、濡れるのも構わず、ただ立ち尽くしていました。
冷たい雨粒が容赦なく顔に打ち付け、髪を伝って首筋を滑り落ちる。降り注ぐ雨粒が、私の心の奥に積もった後悔を叩き起こすようでした。
(なんで、私、言えなかったんだろう…)
あの時、勇気を出して一歩踏み出していれば、違う展開があったのかもしれない。彼の隣に立って、あの日の感謝を、そして募るこの気持ちを、伝えるべきだったんじゃないか。
もう二度と、こんなチャンスは巡ってこないかもしれない。後悔の念が、雨のように降り注ぎ、私の心を冷たく濡らしました。
それは、私の存在を、全て洗い流してしまうかのような、無情な雨でした。
家路を急ぐ人の波に逆らい、私は立ち止まったままでした。降り続く雨が、私の視界をぼやかせ、まるで涙を流しているかのように感じられました。
肩も髪もびしょ濡れになっていました。冷たさが、体だけではなく、心の奥底まで染み渡るようでした。
その時、背後から雨音を切り裂くような、優しい声が聞こえました。
「白石さん? 傘、いる?」
振り返ると、そこにいたのは、さっきまでコートで輝いていた、汗だくの拓海くんと陽斗くんでした。
彼らの手には、折り畳み傘が握られていました。
彼らは、きっと私を心配して引き返してきてくれたのだ。雨の中の幻ではないかと思うほど、信じられない光景でした。
「あ、青山くん…陽斗くん…」
私は驚きと恥ずかしさで、言葉に詰まってしまいました。まさか、彼らが私を心配して、戻ってきてくれるなんて。こんな濡れた姿を見られて、地面に埋まりたいほどの恥ずかしい気持ちもありました。
「ほら、風邪ひいちゃうだろ? これ、使えよ」
陽斗くんが、差し出すように傘をくれました。拓海くんは、手に持っていたもう一本の傘を少しだけ傾け、私から雨粒を避けるようにしてくれていました。
私の顔をじっと見つめ、少し心配そうな表情を浮かべていました。彼の優しい眼差しに、私の胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。
それは、冷え切った心に、小さな火が灯されたようでした。彼の優しさが、私の後悔の気持ちを少しだけ溶かしてくれました。
「ありがとう…」
私は震える手で傘を受け取りました。その傘の下で、拓海くんと陽斗くんの顔を見上げると、二人の笑顔が、雨の中で一層輝いて見えました。まるで、世界がモノクロから、再び色彩を取り戻したようでした。
「試合、本当におめでとう。すごく、かっこよかったよ」
今度は、心からの言葉がすっと出てきました。彼らの優しさに触れて、ようやく素直な気持ちを伝えることができたのです。雨粒が、私の声に乗って、彼の心に届くことを願いました。
「ありがとう、白石さん」
拓海くんは、再び穏やかに微笑みました。その笑顔は、雨の日の空に、虹がかかったかのように、私の心を明るく照らしてくれました。
その夜、私は自室のベッドに横になり、今日の出来事を何度も反芻しました。試合での彼の活躍。私の言葉に返してくれた彼の笑顔。そして、雨の中、傘を差し出してくれた彼の優しさ。
(やっぱり、私は拓海くんのことが好きなんだ。)
確かな気持ちが、私の心の中で確固たる形となって固まっていくのを感じました。
迷いや後悔はまだ少し残っているけれど、それ以上に、彼への真っ直ぐな想いが、私を未来へと突き動かそうとする、嵐のような力となっていました。
その衝動は、もう心臓を突き破ってしまいそうなほどで、感謝と、そして「好き」という気持ちを伝えること以外、私を立ち止まらせるものは何もない、と感じていました。
残された中学生活は、あとわずか。この想いを、このまま心の中にしまっておくなんてできない。
今度こそ、勇気を出して、私の気持ちをすべて伝えよう。
それは、私の心の中の、新しい物語の始まりを告げる、静かな誓いでした。
