いよいよ決勝戦当日。
私は朝から落ち着かず、胸の中で、まるで私を急かすかのように見えない時計の秒針が激しく動いているようでした。

午後からの試合なのに、午前中からすでに胸が高鳴り、まるで自分が試合に出るかのように緊張していました。

朝食も喉を通らないほど、胃の奥が小さく縮んでいたのを覚えています。

市民体育館に着くと、すでに多くの生徒や保護者が集まっていました。体育館の木床の匂い、バスケットボールが弾む音、観客のざわめき――すべてが私を包み込み、期待と緊張が入り混じった空気でした。

そのざわめきの中で、私は体育館の入り口で、偶然、バスケ部の友達、佐藤 陽斗(さとう はると)君に会いました。

彼の姿を見た瞬間、私の胸に一瞬、冷たい影がよぎりました。

彼は拓海くんと同じクラスなので、遥から話を聞いた後なだけに、何もかもを知る数少ない人物なのだろう、と。

私がここにいることを、彼にどう思われるだろうか、変な目で見られないだろうか……。まるで、隠していた秘密を不意に暴かれるような、小さな恐怖でした。

私は思わず目を伏せかけました。しかし、陽斗君はそんな私の不安を打ち消すように、にこやかに私に声をかけてくれました。

「白石も来たのか! 青山、喜ぶぞ!」

陽斗君の言葉に、私の顔はカッと熱くなるのを感じました。彼が私に直接言ったことに、恥ずかしさと喜びが入り混じった、甘く複雑な感情がこみ上げてきます。

「え、う、うん。ちょっとね…」

ごまかすように返事をしましたが、陽斗君はニヤニヤしながら、私と拓海くんの間の件を意識しているようでした。彼はさらに、こんなことを付け加えてきました。

「青山、今日のために、怪我した体でめちゃくちゃ練習してたんだ。白石が手伝ってくれてること、すっごく嬉しそうだったぞ」

陽斗君の言葉に、私の胸は温かさと、そして少しばかりの罪悪感でいっぱいになりました。

彼が私を特別視してくれた理由が、本当に私のことを好きだからなのか、それとも単に荷物を手伝ってくれたことへの感謝なのか、明確な答えが出なかったからです。

彼の優しさが私に勇気をくれたのだと信じたい気持ちと、彼の期待に応えられているだろうかという不安の波が入り混じり、喜びと疑念が、私の心の中で綱引きをしているようでした。

陽斗君が私を見る目が、全てを見透かしているようで、心臓がさらに強く脈打ちました。

試合開始のブザーが鳴り響き、選手たちがコートに登場しました。
拓海くんと陽斗君、二人の姿を同時に見つけた瞬間、私の心臓はさらに大きく脈打ちます。

松葉杖はもう必要ないようで、彼らは力強くコートを駆けていました。

ユニフォーム姿の二人は、練習着の時よりもずっとたくましく、眩しく見えました。彼らの背中には、未来への確信が満ち溢れているようでした。

コートは、彼ら二人にとっての、輝く舞台へと変貌していました。

試合は白熱し、まるで火花を散らすような激しい攻防が続きます。両チームの選手たちがコートを縦横無尽に駆け巡り、ボールが唸りを上げてリングを狙うたびに、体育館全体が息を呑むような静寂と、爆発するような歓声に包まれました。

拓海くんは、相手の激しいディフェンスにも臆することなく、果敢にゴールに向かっていきます。鋭いフェイクで相手を翻弄し、パスを受け、ドリブルで切り込み、見事なシュートを決めるたびに、観客席からは地鳴りのような大きな歓声が上がりました。

彼の真剣な眼差し、集中した横顔、そして仲間と声を掛け合う姿。その一つ一つが、私の目に焼き付き、心が震えるほどでした。一点一点に、彼の強い意志が、炎のように燃え盛っているのが伝わってきます。

特に印象的だったのは、試合終盤のワンシーンでした。

点差がほとんどないまま、残り時間がわずかになった時、相手チームにボールを奪われ、絶体絶命のピンチが訪れました。誰もが息を呑み、諦めかけたその時、拓海くんは驚異的なスピードで相手を追いかけ、間一髪でボールをスティールしたのです。

そして、そのままドリブルでコートを駆け上がり、鮮やかなレイアップシュートを決めて、逆転に成功しました。

体育館は割れんばかりの歓声の渦に包まれました。私も、思わず立ち上がって、夢中で拍手を送っていました。私の心もまた、彼らの勝利の熱狂に、完全に溶け込んでいました。

試合は、拓海くんと陽斗君の活躍もあり、緑ヶ丘中学校が見事勝利を収めました。歓喜に沸くチームメイトに囲まれる二人。

拓海くんと陽斗君は、達成感と喜びが満ち溢れた最高の笑顔を見せていました。それは、勝利という名の光を全身に浴びた、輝かしい横顔でした。

試合後、私は観客席から、拓海くんの元へ声をかけました。

「拓海くん! 陽斗君! おめでとう! すごかったよ!」

私が精一杯の笑顔で声をかけると、拓海くんは汗を拭いながら、私の方を振り向きました。彼の瞳は、試合の興奮でキラキラと、まるで星のように輝いていました。

「白石さん! 来てくれたんだね! ありがとう!」

拓海くんのその言葉に、私は胸がいっぱいになりました。

「来てくれてありがとう」。その一言が、どれほど私を勇気づけたことか。彼の言葉が、私の中で新しい光を灯し、これまでの不安を溶かしていくようでした。

そして、私は心の中で、今日の試合が終わったら、彼に感謝の気持ちを伝えようと決意していたことを思い出しました。

でも、今、目の前の彼は、勝利の余韻に浸り、最高の笑顔を見せています。この最高の瞬間に、私の個人的な「感謝」を伝えるべきなのだろうか。

私の心は、勝利の熱狂と、次にどうすべきかの迷いという、二つの波の間で激しく揺れていました。喉の奥まで出かかった言葉が、何度も引っ込んでいく感覚がありました。

目の前の拓海くんの輝きがあまりにまぶしく、この完璧な瞬間を、私の個人的な感情で壊してしまいたくない、という思いが、私をその場に縫い付けました。

足が地面に縫い付けられたように動かず、その場で立ち尽くしてしまいました。