腕が痺れそう。足がもつれて、辛くて──走るのだってやっとだ。
 肺が潰れる。全身に激痛が走り、拍動が猛烈に脈打つ。

 走馬灯のように、これまでの記憶が脳内を駆け巡る。
 茉美の笑顔。聖歌と陽介の最期。愛音の寝顔。血溜まり、鮮血、嗤い声──A組の、まだ何も無かった頃の無数の思い出。

 ……迫り来る残りの鬼は、二人だ。
 いっそ、私達二人で、飛翔を逃がして。楽になってしまえば──

「っ結月……」

 手が届くくらい、すぐ前を走っていた飛翔が、突然スピードを緩めて私の横に並んだ。
 隣から聞こえる酷く激しい喘鳴。初めて口にしてくれた下の名前。その狭間から、私への言葉が紡がれていく。

「俺……足、ちょっと挫いてて……さ」

「え……」

 足を、挫いた……? それっていつから? もしかして、今……じゃ、ない?

「もう、走るの……っ無理、だわ。だから……お前らに、託す」

「なに言って……」

「っはぁっ──実はさ、俺、お前の、こと、ずっと……いや」

 ──何でも、ない。

 揺れる視界の中、飛翔は哀しげに、ふわりと微笑んでいて。
 そして、私のポケットにそっと何かを入れたかと思うと、突然飛翔の姿が視界から消えた。

 それが、飛翔が急に立ち止まったせいだと理解するのに、そう時間はかからなかった。

「きゃははっ! つっかまーえた!」

 人間の身体同士がぶつかるような鈍い音がして、背後から聞こえる足音が二つ、忽然と消えた。

 ……嫌、嫌、嫌っ!
 どうして、飛翔……っ、私達の身代わり、なんて……そんなの……嫌だ!!

 最後、何を言おうとしてたの。どうして私達のためにわざと捕まっちゃったの。
 どうして──足を挫いたって、素直に言ってくれなかったの。

 ……私のせい、だったのかな。

「まって、まって!!」

 グラウンド中に響く快哉が、私を現実へと引き戻す。

 ──『託す』なんて、飛翔らしいよ……最後まで。
 ずっと私を、私達を助けてくれて。励ましてくれて。一緒にいてくれて。

 下の名前を呼ぶのだって、こんなに時間かかったのも、何もかも。
 私、結局飛翔に、何もしてあげられなかった──だから。

「み、づき……っ、体育館まで、走るよ!」

「っ……ええ……!」

 握り返す力が僅かに戻る。開けたグラウンドを逃げ回るのは無理だ。だから、一番近い建物──隣に併設された体育館に逃げ込むしかない!

 ぐるりと方向転換し、少し遠くに見える体育館まで一目散に疾走する。
 絶対に捕まらない。捕まりたくない──飛翔に、託されたから。