この中じゃ美月が一番足が遅い。だから美月が先に出てくれさえすれば、私が追いついて引っ張ってあげられる。美月を置いて行くことは絶対にしない。

「分かった。智也、羽田姉妹から先に出てもらおう。俺らはその後でいいだろ?」

 問いかけられた智也も、意を決したような眼差しで首肯する。

「それでいい。最悪、俺が囮に──」

「智也、それはダメだよっ」

 責任感の塊すぎるよ、智也……気負っちゃダメだって言ったのに!

「皆で逃げるの。囮になるなんて許さないから!」

 鬼から視線を外すことは出来ない。だから、私の気持ちが伝わるように、強い口調で智也を叱責する。

「くすくす……もーいいかぁい」

「まぁだだよっ」

 収まらない激しい動悸。今にもすくんで動けなくなりそうな足。それでも……全員で逃げ切るって、決めたんだ。

 美月が窓辺に足をかけ、すたんっと外に降りる。そっと手を外から引っ張られ、私も窓辺を跨いで勢いよく飛び降りる。

「もーいいかぁい」

「まぁだだよ!」

 私は美月の手を握り、逃げようと目で合図をするも、美月はふるふると首を横に振った。

 ……皆を置いて行けないんだ。美月らしいな。
 なら、私が絶対に……連れていく。

 少しでも距離を取ろうと、鬼へ目線を向けたままじりじりと後ずさる。
 私に続けて、飛翔、智也、棗が窓から飛び降りて……逃げる準備は整った。

「もーいいかぁい」

「……まぁだだよ」

 後ろへ下がりながら、私達はお互いに顔を見合わせる。最後──かくれんぼの始まりの合図を口にしたらすぐに逃げるんだ。

「もーいいかぁい」

 今まで返していた言葉が、どれだけ安心感を齎していたのかと、今更気づいた。
 小さい頃から幾度となく使っていた言葉が、今から恐怖のどん底に突き落とす契機になるのだと考えると……頭が拒否し始める。

 でも──言わなきゃ、何が起きるか分からない。

「──もういいよっ!」

 私の叫び声と同時に、全員一斉に走り出す。美月の手を握りしめ、隣の校舎を抜けて、正門とは反対側──グラウンドまで走り抜ける。

 開けた視界で、鬼がいるような様子はない。ここで……後ろにいる三人の鬼を撒くしかない!

「はぁっ……はぁっ……」

 美月の荒い息遣いが聞こえる。
 ちらりと振り返ると、髪を振り乱しながら走る美月と、少し後ろを走る飛翔達三人が見えた。