鬼が発した声は、見た目不相応なんて言葉では言い尽くせないほど、ただ冷えきっていた。
 今までの、無邪気で狂気的な笑い声の面影はどこにもない……憎悪と怨嗟を綯い交ぜにしたような声色。

 足がすくむ。恐怖のせいじゃない。
 "赦さない"と、鬼の声が、そう訴えている気がして。

 どうして……私の足は動かないの?
 助けないと……愛音を引き戻さないといけないのに。

 血の気が引いていく。気味の悪い悪寒が全身を奔流する。
 ──その最中、鬼が愛音の腕を掴み、校門から引きずり下ろした。

「きゃあっ!」

「逃げるなんてゆるさない。ゆるさないゆるさない……」

 地面に叩きつけられた愛音を下敷きに、鬼は譫言のように繰り返す。言葉に込められる憎悪に押し潰され、私は呆然とその場に立ち尽くしていた。

 ──愛音の胸にハサミの先端が突き刺さっても、ただその様を眺めていた。

「ぐぇっ……や、め……あがっ……」

「ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない」

「ぎゃ……ぐ……が……」

 ハサミが爪を立てる度、愛音の藻掻き苦しむ呻き声が小さくなっていく。抵抗する手足が動きを失っていく。

 血溜まりが広がり、辺り一面に紅の華が咲いていく。
 それでも、鬼はハサミを振るう手を止めない。怨みを吐き出すように、愛音の体を刻みつける。

「……羽田」

「……」

「おい、見るな……離れろ」

「でも……あの子は」

 飛翔が控えめに私の腕を引く。けど、私はあの鬼から目が離せなかった。
 ──何故、あの子の背中から、悲壮感が滲んでいるんだろう。

「くすくす……ふふっ」

 気づけば鬼はゆらりと立ち上がり、血塗れになったハサミを携えてゆっくりとこちらを向いた。
 顔に飛んだ返り血が、気味の悪い笑顔と共に月明かりに照らされる。

 さっきまでの、恨みを湛えたおぞましい表情ではなく……いつも通りのちぐはぐさを抱えた笑顔だ。

「……っ」

 ずり、と一歩後ずさる。愛音を助けられなかった。止められなかった。次は私達の番だ──

「くすくす……」

 ふと、鬼が身に纏うワンピースの裾を、ハサミで断ち切った。