不安定な手元から乱雑に光を放つ懐中電灯。転ばないように、なんて考えが浮かぶよりも前に、私は聖歌達がいるはずの教室に辿り着く。

 万が一、鬼が教室内に現れてもすぐ逃げられるようにと、鍵をかけていなかった扉。息が切れ、震える指先を叱咤しながら、私は扉を開け放つ。

「せい……」

 ──その名前を紡ぐことは、できなかった。

「あがっ……」

 ざく、ざくっ、と切れ味の悪い刃物で肉を引き裂くような音が、教室に木霊する。
 それに合わせて、断末魔にも似た微かな悲鳴……否、絶叫が、床に散らかった物から漏れ出る。

 それは──聖歌の姿をした、"ナニカ"だった。

「お題はまもらなきゃ!」

 倒れている聖歌の上に馬乗りになって、手に持った凶器──子ども用のハサミを振り回す鬼。
 月明かりに照らされた横顔には、鮮血が飛び散っていて。

 力の抜けた指先から、懐中電灯が滑り落ちて派手な音を立てた。

「ひぎっ……うぐっ」

 ハサミが体に突き刺さる度に痙攣する聖歌の体。
 ここにいると知らなければ聖歌とは思えない、苦しみに悶える呻き声。

 鼻腔に満ちた、生臭い鉄の匂い。言葉に表せない不快感と絶望感が混ざり合う。

「うっ……」

 下腹部からせり上がる吐き気に耐えられず、口元を手で覆いながらかがみ込む。
 何が起きているのか、全く理解できなかった。

 頭が拒む。感情が否定する。けれど、耳を塞ごうとしても聞こえてくる鈍重な音と悲鳴は、冷酷な手つきで現実まで追い込んで行く。

 不意に視界の端を微かな光が掠める。視線を向けると、扉の傍にスマホが落ちていて。

 表示された画面は、『お題』が記されたショートメッセージ。
 目に映った二文字に、どくん、と心臓の鼓動が一際大きく鳴った。

「結月……!」

「何があった!?」

 走る足音が聞こえる。背後に誰かがいる気配を感じる中、私の視線はスマホに釘付けにされていた。

「嘘……だろ……?」

「ひっ……!!」

「っこれは……」

 絶句したような飛翔の声。息を飲む愛音の声。動揺する美月の声。
 聖歌が鬼に──惨殺されている光景が、脳裏に刻み込まれる音がした。