「へ……?」

 鬼は宙を舞い、ゴン、ゴキ、と激しく体を打ち付けたような気色の悪い音を立てて階段の方へ消えてしまった。

 嘘でしょ……鬼を蹴飛ばしたの!?

「ちょ、飛翔……」

「いいから逃げるぞ。あいつまだ動いてる!」

 飛翔は私の方へ駆け寄り、見るなと言わんばかりに手を引いて走り出した。

 本当、馬鹿だ私。飛翔まで巻き込んで……本当、馬鹿だ!
 でも蹴り飛ばしてたけど! 飛翔はサッカー部だけど、流石に鬼を蹴り飛ばすなんて思わないよ!

 って言うか手繋いで……って、今はそれどころじゃなくて!

「ごめんっ、飛翔。足怪我してない!?」

「何言ってんだ。いいから今は逃げるぞ!」

「……うん!」

 私達が上って来た所と反対側の階段まで辿り着く。この校舎は三階が無いから、あの鬼から逃げるには階下に行くしかない。

「一旦降り……っ!」

 飛翔はそう言いかけて、階段の下を見て目を見開く。私も同じようにそちらを見ると、階段の踊り場に佇む小さな人影が見えた。

 ……鬼っ! もしかして私のせいで……呼び寄せた!?

「くすくす……」

 薄笑いが木霊する。トン、トンとゆっくり階段を上る足音が迫る。

「引き返すぞ!」

 踵を返して、私達は来た道を戻るように走る。けれど、階段まで来た時──ゆら、と悠然とした挙動で、目の前の階段から、女の子が現れた

 女の子──鬼は、関節が歪に曲がり、首が垂直に折れてしまっていて。

「ひっ……!」

 まさか、さっき飛翔が蹴り飛ばした鬼……何で動けてるの!?

「いたぁい! いたいよぉ!」

 奇妙な笑顔を貼り付け、変な方向に湾曲した足で、ずり、ずりと少しずつ近寄る鬼。背後から薄笑いと共にヒタヒタと迫り来る足音。

 ──挟み撃ちに、された?

「なんであの状態で動けんだよ。化け物かよ……!」

 吐き捨てるような声に、心做しか苛立ちが感じられて、私の胸がずきりとざわめく。
 どうしよう。私、飛翔を巻き込んで、足引っ張って……どうしよう!

 教室に逃げる? ううん、そんなの袋のネズミだ。でも……せめて、飛翔だけでも!

「……結月、こっちよ」

 私が囮になろうと意を決した時、すぐ傍の教室から、名前を呼ぶ声がした。