月曜の朝。
職員室の空気は、文化祭後の疲れと余韻に包まれていた。
「みなさんお疲れさまでしたー!」
教頭の軽い挨拶とともに、各々の机に戻っていく先生たち。
コメも、自分の席に着きながら、そっと一息つく。
週末の打ち上げから、どこかずっと心がざわついていた。
——渡部先生の目。
あの夜、ほんの一瞬だけ、こっちを見ていた。
それが確かに分かった。
(見られてた。……見透かされてた気がした)
⸻
昼休み。
資料室に行くと、渡部が静かにプリントを整理していた。
「……おつかれさまです」
「ん」
会話はそれだけ。
でも、それで終わらなかった。
「打ち上げ、楽しかったか?」
不意に、渡部が言った。
「……はい。まあ」
「そっか」
たったそれだけで、空気が変わった気がした。
「……角谷、送ってたな。帰り道」
「はい。……たまたま方向が同じだったので」
一拍置いて、渡部がプリントから顔を上げる。
「君の“たまたま”は、嘘が下手だな」
その目が、まっすぐこっちを見ていた。
ドクン、と心臓が跳ねた。
「……別に、嘘じゃないです」
「そうか」
再びプリントに目を落とす渡部。
その横顔を、コメはじっと見つめた。
(やめてよ。そんなふうに、目で言わないで)
——「分かってる」みたいな顔、しないでほしい。
⸻
放課後。廊下を歩いていたとき、後ろから声がした。
「コメ先生!」
振り返ると、杉山先生が走ってきた。
「今朝の、あれ。見てたよ」
「……何を?」
「渡部先生と、プリントのやりとりしてたときの、目」
ドキッとする。
「……杉山先生、なにか言いたいんですか?」
「ううん。ただね」
彼女は一歩、近づいた。
「“誰かの目”が忘れられなくなったら、他の人の隣にいるの、つらくなるよ。ゆっくりでいいから、ちゃんと考えな」
その言葉だけ残して、彼女はスタスタと去っていった。
コメはその場に立ち尽くす。
心の奥に、またひとつ、言葉の棘が刺さった気がした。
——誰かの目が、忘れられない。
きっとそれは、自分でも気づいてたことだった。



